墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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考古系の常設展示から @東京国立博物館 上野

前回のつづき。

博物館に”初もうで”した際に、いくつかの常設展示も見学した。

 

下記は本館の2階の「日本美術のあけぼの」コーナーの縄文土器。

東京都板橋区小豆沢の小豆沢貝塚から出土した縄文後期(前2000年~前1000年)の注口土器。

 

重要文化財の弥生土器。

東京都大田区久ヶ原出土の壷形土器(1~3世紀)

 

こちらの埴輪の武人(6世紀)は群馬県高崎市箕郷町の上芝古墳から出土。

 

こちらの見事なカブト(金銅製眉庇付冑)は福井県永平寺松岡吉野堺の二本松山古墳出土(5世紀)

 

本格的な考古資料は平成館の1階にある。

今回特に見たかったのは下記のコーナー。昨年11月に奈良県橿原市の新沢千塚古墳へ行った際、出土品は上野にあると聞いたが、まだ見ていなかった。

広い展示室を巡っていると、ありました。

新沢千塚126号墳のコーナー。
新沢千塚126号墳は奈良盆地南部に位置する新沢千塚古墳群(約600基)の一つで、5世紀に造営された長方形墳(長辺約24m)です。国際性豊かで多彩な金・銀・金銅・ガラス・青銅製品や石製玉類・武器などから構成されます。
金・銀製の冠飾金具・耳飾・腕輪・指輪・歩揺(ほよう)、ガラス碗・皿やトンボ玉・金箔入りガラス玉などは、朝鮮半島の新羅王陵の出土品と同様の高い水準の製品です。
精緻な龍文が施された金銅製帯金具は当時、中国遼寧地方から朝鮮半島南部にかけて盛んにつくられた典型的な金属製装身具です。ガラス製品は中央アジアから中国に広く分布している西アジア起源の製品です。また、現代のアイロンにあたる火熨斗は絹製品の存在をうかがわせ、遺骸の周りで見つかった糸孔をもつ多数の金製の飾りは、被葬者の大陸風の衣服に縫い付けられていたものとみられます。一方、鏡・石製玉類と武器は形状や材質から国産品と考えられます。
これらの出土品は半島から最新の文化が伝播していた様子を伝えるだけでなく、当時の日本列島の人々の大陸への憧憬を物語る貴重な資料です。

 

ひとつのガラスケースに収まるほどの展示だが、繊細で美しい装身具やガラス製品が見られる。

 

耳飾りや指輪、ベルトのバックルなど。

 

色も形も美しい。

 

一部に金箔が貼られた薄い器。

これがあの土盛りから出たとは。

新沢千塚古墳群 橿原市北越智町・川西町 「古墳めぐりと博物館見学ツアー」・6 - 墳丘からの眺め

 

 

こちらのカラフルな小玉類は兵庫県姫路市の奥山大塚古墳の出土品(5世紀)

 

千葉県木更津市祇園の大塚山古墳出土品のコーナー。

冑や甲の一部、鏡や耳飾など見事な品々。

 以下はその解説。

内房地方の小櫃川下流域に所在した100m級の前方後円墳を複数含む祇園・長須賀古墳群のひとつですが、1891年(明治24)に乱掘され、残念ながら消滅しました。優秀な銀・金銅製品や大型国産鏡などから、5世紀のヤマト王権を支えた有力地方勢力の首長墓と考えられています。

木更津の街の開発で消えてしまった大型古墳だった。 以前に一部が残っている古墳を巡った。

木更津の古墳(祇園・長須賀古墳群) 馬来田国の古墳 - 墳丘からの眺め

金鈴塚古墳(再訪) 稲荷森古墳 千葉県木更津市 - 墳丘からの眺め

浅間古墳・浅間神社 日枝神社 千葉県木更津市長須賀 - 墳丘からの眺め

 

 

今回、東洋館の地下にもアジアの考古資料があることを知った。 

南インド出土の楔形石器は、なんと前期旧石器時代の60万年も前のもの。ということはホモサピエンス出現よりずっと前になる。以下その解説より。

礫の周囲全体を打ち欠いて、先端の尖った楔のような形に整えています。叩く・切る・彫るなどの様々な機能をあわせもち、手で握って使用しました。インドの旧石器文化がアフリカ・ヨーロッパ・西アジアのそれと関連していたことを示す重要な資料でもあります。

 

こちらはタイ北東部からの出土品。武具の他に、銅鐸のようなもの(左下)や、鏡(方格規矩鏡:後漢時代)もある。古代、中国からの文化の影響を受けていたのが日本だけでないことを実感した。