豊川市八幡町の船山古墳を見た後は、南西1.6㎞にあるもうひとつの船山古墳(豊川市御津町)を訪ねました。
グーグルマップに導かれたのは民家や駐車場(見学者用のものではありません)に挟まれて残っている墳丘でした。

上記左側に回り込むと説明板が。

その先は民家で行き止まり。
最初は円墳かと思った後円部の先に、前方部が続いていました。

こちらの船山古墳の築造時期は6世紀中頃以前(つまり前半?)とのことなので、八幡町のほう(5世紀後葉)より後ですね。

船山古墳案内(町指定史跡)
豊川市八幡町に同じ呼称のつく東三河最大規模の前方後円墳があるが、この古墳も前方後円墳で、どちらもこの地方の古墳を概観する上で貴重なものとされている。全長は37mで、後円部の径は22m、前方部の最大幅は15m、前方部と後円部の比高差は現状で約0.5mである。後円部墳頂付近に盗掘跡と推定される直径約3mの陥没部分が確認されている。
現状では判然としないが、この古墳には、築造当時周濠が巡らされていたらしく、昭和初期の地籍図でその痕跡がうかがえる。残念ながら全容は不明であり、出土品等遺物の報告例はないが、墳丘法面で採集したといわれる須恵質の円筒埴輪片をみる限りでは、この古墳の築造年代は6世紀中頃以前に比定されるといわれている。墳丘の残存度は良好だが東側裾部の浸食が著しい。
平成11年11月 (御津町)教育委員会
実測図部分。

県道側(北西)に戻って、住宅の間から。

その先で前方部側が見られました。

前方部左裾から。左のお庭と一体化している感じがしたので、登るのは控えました。

後円部墳頂の木が素敵で、こんなお庭のある家をとても羨ましく思いました。

前方部右裾側から。右は先ほど説明板の奥に門があったお宅。


2025年10月中旬訪問