北近畿墳行レポートの途中ですが、一旦4月3日の報告に移ります。
この季節に訪ねたかった小宅(おやけ)古墳群へ行けましたので。
福島行きの新幹線で小山駅へ向かい、最近会員になったTimes カーシェアを利用して現地に着いたのは8時過ぎ。ここのほかにも駐車場があります。
すぐ北の緩斜面を登っていくと…
しだれ桜の後ろに古墳(14号墳)
上記の左手に15号墳。
14号墳を北側から。しだれ桜は、まだ咲き始めぐらい。が、菜の花は終盤でしょうか(追記:菜の花も咲き始めでした)
もうここは丘上の尾根道。1号墳への道は華やかに。
看板はタヌキ。
すぐに1号墳前に出ます。全長40mほどの立派な前方後円墳です。
周囲は刈り込まれ整備されて、気持ちのよい広場になっています。
1号墳を後円部先端側から。看板は古代人と壺。
1号墳前からの景色!
スマホ広角で。桜はこの週末(より前?)が満開ではないでしょうか。
そのすぐ西隣に2号墳。
2号墳にもタヌキの看板。
その先に3号墳(左)と4号墳(右)
3号墳を北側から。奥のきれいな形の山は、芳賀富士でしょうか。
こちらは4号墳。
続いて5号墳。
上記の5号墳の左肩に見えていた6号墳。
6号墳の隣から振り返って。
左が5号墳、その右に4号墳、奥が1号墳。
広場の一画の展示コーナー。有料で写真撮影もしていただけるようです。
準備をされていた方に話をうかがったら、10年くらい前は竹やぶだったところを刈り払って、菜種の種を蒔き、桜を植えて整備を続けてきたのだそうです。頭が下がります。
そこにあった説明板。
小宅古墳群(主要部は県指定史跡)
益子町小宅字馬場前他
小貝川の支流である小宅川右岸の丘陵平坦面および南緩斜面上に造られた総数35基、前方後円墳6基、円墳29基(内11基は削平)からなる大規模な古墳群です。古墳群は亀岡八幡宮から南西の青田地区までのび、眼下には小宅川の水田地帯、遠くには芳賀富士(大平山)、さらには八溝の山並みが望めます。
古墳群の特徴は次の5点です。
①6世紀前半の向北原古墳群(前方後円墳3基、円墳6基)に後続して築造したこと。
②6世紀後半、小宅川の湿地帯(芦沼)の開発に成功した有力者が築造したこと。
③墳丘長は3~40mと小規模ながら6基の前方後円墳を築造したこと。
④近くに所在する芦沼石(凝灰岩)を用いて精巧な横穴式石室を埋葬施設にしたこと。
⑤前方後円墳が消滅する7世紀に入っても、大型円墳(山守塚古墳・消滅)を築造したこと。
小宅古墳群は小貝川流域ばかりか、古代東国における古墳時代後期(6世紀)からの地域史を雄弁に語る古墳群の一つと考えられます。地域開発の原点、その記念物とも云うべき古墳群一帯は、現在地元有志により見学し易いよう整備されています。桜や菜の花が咲きほこる春には多くの人たちが訪れ、遥かなる歴史に想いをはせています。
散策マップに古墳の位置が記されていました。