墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

勅使塚古墳 茨城県行方市沖洲

勅使塚(ちょくしづか)古墳は、三昧塚古墳公園と前回の大日塚古墳との間に立地する前方後方墳

全長64mの前方後方墳で4世紀後半の築造、古墳ガイドブック「関東古墳散歩」には茨城県下最古の古墳との記載がある。

個人宅の敷地内にあって見学には許可が必要となるが、この日は幸いにもご在宅で、家の裏庭の上り口まで案内していただけた。

 

斜面を上がって振り返ると霞ヶ浦

 

墳丘まではもうひと登り。

 

最後は石段。

 

上がったところが後方部墳頂。小祠が2つ並んでいた。

 

石段の左手にも祠があり、こちらにも参拝させていただいた。

 

そこから前方部方向を。

 

後方部墳頂の様子。

 

現地説明板等は無いが、「茨城県の考古学散歩」という本(編集:茨城県考古学協会 平成22年発行)の144頁に「勅使塚古墳」の項があった。(当該頁の執筆は大塚初重先生)

1961年に明治大学考古学研究室が発掘調査した結果、主軸全長64mの前方後方墳で、後方部は一辺30m・高さ8m、前方部は幅13mで後方部との比高差約3m。墳形や出土遺物から4世紀後半の築造年代と考えられるそうだ。さらに下記も。

・墳丘からは葺石や円筒埴輪列は検出されず。

・後方部の頂部30~40㎝下から坩・高坏・器台が破砕されて状態で出土。

・主体部は後方部墳頂下1.8mの深さに主軸に平行して確認され、長さ9.1m・幅1m前後の割竹形木棺と推定される。

・棺内出土品は仿製重圏文鏡1、ガラス製小玉40、管玉10、剣身片等のみ。

・墳丘裾から底部穿孔の二重口縁壺形土器が検出。

・出土した土器は、いずれも古墳時代前期の五領式土器で、その後半期。

 

鞍部から北側の国道が見えた。

 

前方部墳頂。

 

こちらにも小祠が2つ並んでいた。

 

そこから見た霞ヶ浦

 

前方部端から斜面を見下ろして。

 

小祠を正面から。

 

前方部には帝釈天の石碑もあった。

 

前方部から後方部方向。

 

左側面。結構な急斜面。

 

反対側の斜面の急角度。

 

細い丘陵に、全長64mもの墳丘をよく築いた。

 

帰路、石段を見下ろして。

 

石段の下から左手を。高さ8mとのことなので、このあたりが後方部裾か。

 

逆サイド、手前が後方部、奥が前方部。

 

中央が、後方部の墳頂と斜面の角か。

 

お礼を告げに玄関へ伺うと、なんと発掘調査時の資料を見せていただけた。 

実測図の青写真や、調査時のアルバムも。深いトレンチに入っている写真の脇には「幅が狭く深いトレンチは、奈落の底にいるようだった。積土と地山のさかいを懸命にしらべる。」とペンで書かれていた。

 

貴重な遺跡、大切な資料を見せていただき、誠にありがとうございました。

 

道路から、墳丘のあたりを振り返って。

 

上記写真の中央をズーム。見えていた「山の端」は墳丘か。