墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

太田茶臼山古墳 大阪府茨木市太田

2020年10月の中旬、Go to キャンペーンを利用して、京都に家族旅行をしました。

最初に京都の少し先まで足を延ばして、大阪府茨木市の太田茶臼山(おおだちゃうすやま)古墳へ。

 

住宅地の中にある拝所入口。 

f:id:massneko:20201016230723p:plain

 

そこから振り返って。新築の町の雰囲気。

f:id:massneko:20201016230744p:plain

 

きれいに整えられた小径を進んでいくと、前方部先端の中心を向いた拝所があった。

f:id:massneko:20201016230543p:plain

 

パノラマで。 前方部幅で148mもあるので収まりきらず。

f:id:massneko:20201016230819p:plain

 

玉垣を斜め前から。

f:id:massneko:20201016230937p:plain

 

墳丘は原生林の雰囲気。

f:id:massneko:20201016231003p:plain

 

前方部左裾側から。

f:id:massneko:20201016231046p:plain

 

ズームで。奥に後円部の裾が張り出している。

f:id:massneko:20201016231111p:plain

 

近くの公民館にあった解説板。

f:id:massneko:20201016230622p:plain

太田茶臼山古墳継体天皇陵)
古墳は、北から南に延びる低い台地上に築かれた堂々たる前方後円墳です。
その規模は、全長226m・前方部幅147m・前方部高19.8m、後円部径138m・後円部高19.2mで、前方部と後円部の接するところに、両側とも造り出しが設けられています。また古墳の周囲には、幅約28m~33mの一重の濠がめぐっており、その様式から5世紀に築造されたものと考えられています。
昭和63年7月、古墳の西南部(前方部側)の外堤において、茨木市教育委員会が発掘調査を行ったところ、数個の円筒埴輪が並んだ状態で発見されました。
また昭和47年8月、大阪府教育委員会が発掘調査した古墳の西北部(後円部側)においても、同様の円筒埴輪が発見されています。
この古墳は「継体天皇三島藍野陵」とも呼ばれ、宮内庁による第26代継体天皇陵とされています。しかし「日本書紀」によると、継体天皇の没年は西暦531年(6世紀)とされ、古墳の築造年代とは異なるものです。
茨木市教育委員会 

 

全長226mは、全国で20位前後の大きな古墳(前方後円墳

継体天皇陵はここから1.5㎞北東にある今城塚古墳であることが定説となっている。

それでは、こんな立派な古墳の被葬者は誰なのか。とても気になるところ。

f:id:massneko:20201016230654p:plain

 

周囲は住宅に囲まれているが、前方部の東側で金網越しに墳丘を眺められる場所があった。 

f:id:massneko:20201016231315p:plain

 

前方部先端側。

f:id:massneko:20201016231242p:plain

 

ズームすると先ほどの拝所。

f:id:massneko:20201016231157p:plain

 

後円部側。 

f:id:massneko:20201016231400p:plain