墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

稲荷山古墳(さきたま古墳群) 埼玉県行田市大字埼玉

今回から、さきたま古墳群のシリーズです。

白山愛宕山古墳から土手上の小径を西へ。

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そこから左手に見えていた稲荷山古墳。

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これは資料館近くにあった案内板(散策マップ)、上が北。さきたま古墳群には後円部を北北西に向ける前方後円墳が8基残る。そのなかで最初に、5世紀後半頃に築かれたのが稲荷山古墳。

現在地は上端の旧忍川遊歩道上になる。

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古墳公園には6年前と7年前に訪ねたが、家族や友人と一通り見て回っただけだった。

 

こちらは別の場所にあった案内図。左が北。 

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「さいたまの古墳めぐり」には、古墳群には3つの主軸方向があって2つの系統があったという説が紹介されている。

稲荷山ー二子山ー鉄砲山がA方位、愛宕山ー奥の山ー瓦塚がB方位、将軍山ー中の山がC方位で、AとCの系統が首長権の継承、Bがナンバー2グループという説が、非常に興味深いです。

埼玉の古墳めぐり

埼玉の古墳めぐり

  • 作者:宮川 進
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

稲荷山古墳は全長120mの前方後円墳

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7年前にも、ほぼ同じ位置から撮っていた【2013年5月】

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今回も。後円部北側についた階段を登る。

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そこにあった説明板。

稲荷山古墳
全長120mの前方後円墳です。周囲には長方形の堀が中堤をはさんで二重に巡り、墳丘くびれ部と中堤には造出しと呼ばれる張出しがあります。古墳が造られた時期は、5世紀後半ごろと考えられ、埼玉古墳群の中で最初に造られた古墳です。
前方部は、1937年に土取り工事で失われましたが、2004年に復原されました。
1968年の発掘調査では、後円部から2つの埋葬施設が発見されました。そのうち礫槨はよく残っており、多くの副葬品が出土しました。その一つである鉄剣からは、1978年に115文字の銘文が見出され、他の副葬品とともに1983年に国宝に指定されています。
平成19年(2007) 埼玉県教育委員会

 

墳頂は以前と様子が違っていた。左奥は丸墓山古墳。

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礫槨の埋葬施設と副葬品などは絵で現わされていた。

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礫槨の解説。

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稲荷山古墳 礫槨
1968年の発掘調査で、後円部の頂上から発見された埋葬施設です。舟の形に掘った竪穴に河原石を貼り付けて並べ、その上に棺を置きました。棺や衣服などの有機物は残っていませんでしたが、副葬品の出土位置などから被葬者と木棺の位置が推定できます。実物の礫槨は、地下1mに保存されています。

 

遺体が置かれていた部分。

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ここから、ヤマト王権(ワカタケル=雄略天皇との説がある)に仕えたヲワケの名が刻まれた金錯銘鉄剣が出土した。

稲荷山古墳 - 埼玉県立さきたま史跡の博物館

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国宝 武蔵埼玉稲荷山古墳出土品
115文字が刻まれた金錯銘鉄剣には、剣を作らせたヲワケという人物の8代にわたる系譜と、ヤマト王権に代々仕えていたことなどが記されています。
多彩な副葬品とともに、古代国家の成立を読み解く第一級資料として、1983年に国宝に指定されました。これらの資料は詳しい解説とともに博物館に展示しています。

 

隣には直交するような位置で粘土槨が検出されている。 

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その説明板。

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稲荷山古墳 粘土槨
この埋葬施設は素掘りの竪穴に粘土を敷き、その上に棺を置いたと推定されます。盗掘の被害を受けたため、出土した副葬品は少量の武器や馬具の破片でしたが、礫槨出土品とともに国宝に指定されています。

 

粘土槨と礫槨(右)を。

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 7年前の墳頂には、礫槨がリアルに復元されていた【2013年5月】

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八幡山古墳 埼玉古墳群 - 墳丘からの眺め

 

稲荷山古墳墳頂から北東方向。目の前が旧忍川の土手で、中央奥が白山古墳の木立。太陽光パネルの近くに白山愛宕山古墳や神明山古墳も見えている。

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東南棟方向。広がる田んぼ。

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南南東に将軍塚古墳。

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将軍塚古墳をズームして。

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 後円部から前方部。

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前方部から後円部。前方部は昭和初期に土取りで一旦すべて削られてしまったが、今は復元されている。 

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地元の野球少年・少女のグループとすれ違う。

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古墳で青春、羨ましい。 

 

前方部端から。

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下を降りて見上げる前方部先端部。 

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前方部左裾側からの稲荷山古墳。

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