墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

西都原古墳群(その11)第3古墳群前編(265号墳) 宮崎県西都市大字三宅

第3古墳群は西都原古墳群の北端にある。

道路脇からパノラマで。 一面に円墳。その間の小道を奥へ歩いていく。

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 大きめの墳丘へ上がらせていただく。標柱に156号とあった。

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墳頂から西側を。奥の建物が宮崎県西都原考古博物館。

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西都原古墳群に来て最初に(「このはな館」の次に)考古博物館を目指し、閉鎖中と記された看板を見て呆然とした場所が第3古墳群南端であり、 実はこのエリアを一番初めに歩いたのでありました。 

 

同じ位置から北側を。 

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そのあたりから北東側をパノラマで。立木の左の奥に前方後円墳が見えている。

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 すごいすごいと独り言をいいながら撮っていました。

 

まだ靴も濡れておらず足取りも軽かったですが、あまりの数にとても全部は回れないと悟り、訪ねる墳丘を前方後円墳に絞ろうと決めました。

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円墳の間をとおり、梅林を抜けた先に前方後円墳が1基。

 

公式サイトによれば第3古墳群の規模は86基。西都原古墳群の中では比較的新しく、前方後円墳古墳時代後期に作られたと思われる265号墳だけだそう。

http://mppf.or.jp/saito/bnurial_mounds/

 

265号墳を前方部右裾側から。

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 横からパノラマで。左が前方部、右に後円部。

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 後円部の裾から。左後ろに前方部。

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裾にあったのは第六次調査(大正6年)の発掘調査に関わった方々。

濱田耕作、梅原末治、原勝郎、原田淑人の各氏が携わっている。右の鏡には十文字が入っている。

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後円部に上がらせていただいて前方部方向を。

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後円部から東方向。

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北方向。西都原古墳群の北端にあたる。 第2古墳群の1号墳から2㎞の距離。

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南側をパノラマで。第3古墳群を見渡している。 

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ズームすると、調査中(?)の墳丘も見えた。 

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前方部に移って後円部を。 

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前方部左裾に降りて振り返って。 

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北端へ行くと、樹林の間から台地下が望めた。方角は北東。

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西都原古墳群が立地する細長い舌状台地は、北西側から南東側へ伸びている。