墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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長畝古墳公園 高知県南国市岡豊町

高知県立歴史民俗資料館見学後は、北西に1㎞ほどにある長畝古墳公園へ。

高速道路のアンダーパスをくぐって北側へ。

 

わかりやすい場所にありますが、南側には壁のように高速高架が。

 

長畝古墳群の説明板あり。

長畝古墳群(移築復元)
南国市岡豊町定林寺字長畝
高知自動車道(南国~伊野)建設に伴う平成5・6年度の発掘調査により、現在地より西南西に約1㎞の標高62m前後の尾根上から古墳の所在が確認された。長畝2号墳は前期古墳で4世紀代の築造とみられ、主体部(礫床)からは鉄剣2本・鉄鏃・鉄製工具等が出土。3号墳は5世紀後半の築造と推察され鉄鏃・土師器等が小竪穴式石室から出土した。
4号墳は単室両袖型の初期横穴式石室を主体部とし、周溝をもつ。県下の初現期の横穴式石室として注目される。鉄鏃・馬具(轡)・鉄鎌・鉄斧・鉄製鍬、鋤先・刀子・銀耳環・玉類・須恵器が出土し、6世紀前半頃の築造とみられる。4~6世紀にかけて同一尾根上に古墳が築かれており、在地地域勢力の存在がうかがわれる。高知の古墳研究上、重要な古墳群である。
南国市教育委員会

 

写真の丘上のイメージで来ましたが、高速建設で移設されたことを現地で学びました。

 

ネットに長畝古墳群の報告書(1996年3月 高知県文化財団埋蔵文化財センター)がり、 本文4ページの地図を見ると、元の場所は西南西1㎞ほど。

https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/10943

 

ストリートビューで確認。正面右の切通しの上にあった模様です。

この比高差であれば、トンネルで残してほしかったですが…

 

公園の石碑はとても立派。


その裏面には、石材を150トン寄贈された方のお名前も。

 

移築された古墳(石室穴)は草で見えにくい状態。足元をしっかり見ないと穴に落ちます。

 

こちらが4号墳。

 

「初現期の横穴式石室」とのことですが、奥壁側でしょうか。

 

側壁。

 

奥壁側から振り返って。

 

3号墳の「小竪穴式石室」

 

側面の壁はコンクリート補強?



上記を横から。

 

この細長い溝も3号墳の一部のようです。

 

3号墳、4号墳の位置は、平家蟹さんのサイトを参考にさせていただきました(草が無いくとてもわかりやすいです)

古墳のお部屋ブログ館 長畝古墳群

 

3号墳あたりから南の高速を見上げて。

 

草の中を歩き回っていたらズボンや靴が引っ付き虫だらけになり、外すのに10分ぐらいかかってしまいました。

 

このあと舟岩古墳群1号墳を目指してみましたが私有地に入り込んでしまい、放し飼いの犬に吠えらてしまいました(車中でしたが)

 

途中で見えた眺め。正面の丘が岡豊城跡。

 

南西方向。中央奥が高知市街。

けっこう盆地っぽい地形ですね(丘の切れ目はありますが)

 

舟岩古墳群1号墳へのルートは、南東側のヤマト運輸のほうから岡豊八幡経由でのアプローチが正しかったのだと、グーグルマップのクチコミで先ほど知りました。

次の機会で。