前回のつづき。
熊野神社の前の白子宿通りを北へ、すぐに東へ曲がったところにある「理容すずき」
写真の左ですが、ショーウィンドウ(?)に看板猫が。
そのすぐ先が白子川。下流の北側を。
左岸が埼玉県和光市、右岸が東京都板橋区ですが、右岸側にも和光市域がギザギザに残っていて、かつての川跡がしのばれます。
ワイルドな3連の暗渠出口。
鉄道の下をくぐった先で、支流の跡を遡るように東側へ。
入れるのか、入れないのか。猫専用?
その先に、成増菅原神社へ登る坂がありました。
傾斜は15度~20度くらいでしょうか。
坂上から振り返って。対岸が和光市側の台地で、間に白子川が右(北)に流れています。
少し引いた位置から。ジェットコースターの頂上直前の雰囲気では。
成増菅原神社に参拝。
大きな切り株がありました。
板橋区教育委員会による解説板。
菅原神社
御祭神は菅原道真公です。
創建の年代は不詳ですが、境内には赤塚村の春日伊兵衛から寄進された延宝7年(1679)銘の手水鉢があり、江戸時代前期には人々の信仰を集めていた様子を知ることができます。
その手水鉢には「大自在天神」と彫られており、明治2年(1869)に書かれた社寺取調下案には「天神社」と記されているなど、社号が時代によって変化したことをうかがわせます。
平成22年度に区登録文化財となった田中泰彦家文書には、成増村の領主だった旗本大屋氏が、天明5年(1785)に、当社の祭神である菅原道真の掛け軸を安置する桐箱を奉納したことを示す史料があります。また、その掛け軸と桐箱も現存しています。
当社は、成増村の鎮守として地域の人々から信仰されていただけではなく、領主あらも崇敬されていたことを物語っています。
また、当社の例祭では、昭和58年度に区指定無形民俗文化財となった里神楽の舞が、同年にその保持団体に認定された成増里神楽保存会によって奉納されています。
平成30年3月 板橋区教育委員会
上記の里神楽保存会のサイトにある菅原神社の写真は、同じ場所とは思えないほど、木陰の多い境内でした。
比較のために今の様子。
拝殿を背にした参道を南に進むと、すぐに下り階段が。
階段から遠望した景色です。
次が成増ツアー最終回となります。