志段味古墳の公園を東から歩いてきて、ちょうど中央あたりにあるのが東大久手(ひがしおおくて)古墳。
ここもぺたんとした形ですが、墳丘平面がわかるようになっています。前方部右裾側から。
右が後円部、左が前方部ですね。
現地説明板。
東大久手古墳
東大久手古墳は5世紀末(古墳時代中期末)に築かれた帆立貝式古墳です。墳丘の長さは約39mで、周囲には濠が巡っていました。現在は墳丘が大きく削り取られていますが、造られた当時は後円部が2段に築かれていたと推定されます。この古墳の平らな面には、埴輪がすき間なく並べられ、南側のくびれ部付近では、須恵器を用いた祭祀が執り行われていたと考えられます。
名古屋市教育委員会
図と写真部分。円筒埴輪の色違いはわざとでしょうかね。
後円部先端側から。ポールが全周していました。
東大久手古墳のすぐ西に、道路で半分削られた大久手5号墳があったことにいまさら気づきました。
公園内にあった立体模型。
壮観です!
志段味古墳群の解説。
志段味古墳群
志段味古墳群は4世紀前半から7世紀末(古墳時代前期から終末期)につくられた66基の古墳が見つかっています。古墳は、名古屋で一番高い山・東谷山の頂上や崖の上など、庄内川のほうから良く見える場所につくられています。
この立体模型は、水平方向に1600分の1、垂直方向に1000分の1のサイズで作成しました。
マップは、66基の位置と墳名が記入された労作でした。
2024年12月上旬訪問