糠塚(ぬかづか)古墳群は、喜多方の街の北東端、 田付川の左岸500mほどに3基が残る古墳群。
喜多方市のサイト「代表的な文化財と神社仏閣」では一番頭に登場し、”喜多方地方随一の規模をもつ方墳群(4~6世紀:福島県指定史跡)と記される。
1辺100mほどの三角形の頂点に、糠塚古墳・粉糠塚(こぬかづか)古墳・那麻利七世(なまりしちせい)神社古墳がある。
その主墳の糠塚古墳。
道路側から南に回り込んでいくと解説板と標柱が。
福島県指定 糠塚古墳群
昭和44年4月11日指定
所在地:喜多方市岩月町宮津字宮地253・262
所有者:岩月町上田区
「糠塚」「粉糠塚(こぬかづか)」「那麻利七世(なまりしちせい)神社」と呼ばれる3基からなる古墳群である。主墳は糠塚堤に接する糠塚古墳で、径17m、高さは5mほどの大きさである。この周辺に多くの小円墳が分布していたが、戦後の開発によって失われた。現存する3基のうち、「糠塚」と「粉糠塚」の2基が県指定である。
現在まで未発掘のため、内部主体の構造や封土の諸施設等については不明な点が多いが、破壊された小円墳からは、直刀などの出土品があったことが知られている。
糠塚古墳は、会津大塚山古墳や亀ケ森古墳のような前方後円墳ではないが、会津に残る円墳群の代表的なもののひとつであり、会津盆地の低地に接する微高地に位置する古墳群として、本県の古墳文化史上貴重な価値を有する。
福島県教育委員会
糠塚古墳は上記の解説では径17mとあるが、下記の喜多方観光物産協会の解説によれば、平成3年(1991)の測量調査で一辺約26mの方墳とわかったとのこと。
会津盆地の方墳は古墳時代前期に造営されたものが多いことから、糠塚古墳も前期の可能性があるようだ。
墳頂に上がらせていただきました。
意外に太かった松の幹。
南東側には池が。
東側には雄国山。磐梯山はその背後になります。
次に、粉糠塚古墳へ。
畦道を通ってその近くへ。
粉糠塚古墳と、右奥に糠塚古墳。
粉糠塚古墳から西を振り返って、那麻利七世(なまりしちせい)神社の境内林を(広角です)
林の中の鳥居と参道。北側から撮っています。
グーグルマップには山首(やまがしら)神社とあります。古墳名・神社名ともに由来を検索してもわかりませんでした。
訪れる人は少なそうな雰囲気です。
参拝後、拝殿の後ろにまわると、本殿は墳丘上にあるようでした。
すぐ先の道路とはちょっとした比高差があります。
本殿脇から拝殿東側を。