墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

真部路1号墳・2号墳 長崎県壱岐市郷ノ浦町長峰東触

前回の鬼屋窪古墳見学後は、東に車で7分ほどの真部路(まぶろ)古墳群を訪ねた。グーグルマップには北からのルートが点線で示されるが、南側からのほうがアプローチしやすい。

 

南東側に畑が開けた森の縁に開口部がある。

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現地説明板も備える。

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市指定史跡
真部路(まぶろ)1号墳(円墳)
所在地:壱岐郡郷ノ浦町長峰東触912-イ
指定:昭和55年3月31日
本古墳は、もとは羨道部(後室に通ずる通路)、前室、後室(玄室ともいい、遺体を安置する奥室)からなる複室の内部構造をもった横穴式石室で、中型の規模の古墳であったと思われる。が開墾により羨道部と前室は削られて消滅し、後室だけが残されているのである。
本古墳は、6世紀前半から中頃にかけて築造されたと考えられており、町内に40余基残る古墳の中では、もっとも古い時代に営まれた古墳とみられている。
現在は後室だけであるが、よく保存されていて、貴重な1基である。
江戸時代には「真部路鬼屋(まぶろおにや)」また「岩屋観音」と記録されており、今に石仏三体が祀られている。
なお、この周辺には3基(2・3・4号墳)の小型の円墳があるが、いずれも崩壊している。
石室全長 3.10m
平成元年3月 壱岐市教育委員会

 

むき出しになった前室側壁や天井石。

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開口部を、向かって右側面から。 

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前室の天井石が玄門袖石の上に載る。

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見事な玄室。石仏が3体祀られていた。 

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奥壁に向かって左側。 

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右側。 

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奥壁を背にして。

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開口部に向かって左側。 

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右側。

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開口部の目の前の様子。

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すぐそばに「半月塚」があったが、石室石材のように感じられた。

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開口部の背面側の林床は、畑より2mほど高くなっていた。

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その中にあった2号墳。

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天井石は崩れて石材が露出。

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中は埋まってしまっていた。

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グーグルマップには4号墳のピンも立っていたが、遺構は確認できなかった。