墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

沖水古墳 宮崎県都城市早水町

都城市では、もう一か所、早水神社境内にある沖水(おきみず)古墳を訪ねた。

15.3haの早水公園には5つの池がある。駐車場が充実。早水神社は公園内の東寄り。

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駐車場から池越しに墳丘。

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鳥居から参道へ入る。 

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その先の左側に沖水古墳があった。

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説明板には、後の平安時代(それでも十分古いですが) に埋納された経筒と鏡について詳しく書かれていた。

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種別 県指定文化財
名称 都城市沖水古墳
指定年月日 昭和11年7月17日
大正末期までは川東町から千町にかけて小規模古墳が散在していたようであるが、現在は早水神社の参道沿いに所在する低い墳丘一基(2号墳)だけが残っている。
この墳丘の築造時期や埋葬主体などの詳細は不明であるが、昭和49年に墳丘頂部から平安時代に埋納された鋳銅製経筒・中国製湖州鏡(宋代・浙江省湖州産)・玉石とこれらを収納した軽石製の円筒型容器が発見された。
経筒と軽石製容器は約60cm離れて出土しており、その周囲には木炭と小石が散乱していたが、これは現代のある時期に一旦掘り出され、適当に埋め戻されたためであると推測される。
経筒は円筒式であり、蓋は宝珠形つまみのある笠蓋である。
経筒の底板はないが、鏡面の痕跡から湖州鏡面を上向きに置き、その上に経筒を置いていたものと思われる。
平成10年9月 都城市教育委員会

 

柵の周りを歩きます。

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「現在の川東から千町にかけては多くの古墳があったが、残っているのはここだけである」との標柱。 

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 池と墳丘。

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池の名は、髪長媛池。 

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池の湧水は、仁徳天皇の妃となった髪長媛が産湯に使ったという。

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仁徳天皇妃 髪長媛の泉水
この湧水は早水神社の祭神髪長媛が産湯を使われた井戸と申し伝えられています。
5世紀頃、国造諸県君牛諸井は諸県地方を治めて居り、この地方の豪族の娘と結婚し、その間に生まれた髪長媛は絶世の美人との聞こえ高く、朝廷に召されました。
時の皇太子大雀命(仁徳天皇)は難波の高津宮に上られた媛をひと目ご覧になり、その美しさに心を打たれ武内宿禰大臣を通して父の応神天王に請願して皇太子妃とされました。
以来、此の湧水を飲み又、顔や手を洗うと美人になると言い伝えられ、近郷近在の婦女子は好んで来てこの水を飲み、手や顔を洗い神社に参拝する風習があります。(後略)

早水神社

 

Wikipedia仁徳天皇の項によれば、仁徳天皇武内宿禰の孫娘の葛城磐之媛を皇后としその間には履中・反正・允恭の後継者が生まれたが、さらに異母妹の八田皇女も妃にしようとしたことから皇后(磐之媛)は怒って別居、別居したまま崩御、その後に天皇は八田皇女を皇后とする展開(日本書紀)または八田皇女を諦める展開(古事記)とがある。

髪長媛との間には大草香皇子、草香幡梭姫皇女(雄略天皇の皇后)が生まれている。

 

西都原・女狭穂塚の被葬者説もある髪長媛。

https://massneko.hatenablog.com/entry/2020/04/06/000000

 

本庄古墳群の上長塚(髪長塚?)でも。

https://massneko.hatenablog.com/entry/2020/05/08/000000

 

仁徳天皇の皇后となった磐之媛と八田皇女の墓といわれる古墳は、奈良市で隣り合っている。(スマホだと画像が出ません…)

https://massneko.hatenablog.com/entry/2018/03/26/000000

https://massneko.hatenablog.com/entry/2018/03/27/000000

https://massneko.hatenablog.com/entry/2018/03/28/000000

 

御祭神が髪長姫である早水神社に参拝。

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神社の裏手の森は「動物」があつまっていた。

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最初に見た鳥居を背にした先に、鉄道の架道橋が見えた。 

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高さ2.0m。

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土台は煉瓦。 

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反対側から鳥居方向を。 

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日豊本線が通っている。この先2㎞で三股駅、そこから宮崎駅まで9駅・1時間程。

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