墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

中山茶臼山古墳 岡山県岡山市北区尾上

前回の岡山県吉備古代文化財センターの見学後、正門向かい側の上り口から中山茶臼山古墳へ向かった。 

 

林の中の小径を登って行くとすぐに開けた場所に。そこについた踏み跡を辿っていく。

 

目の前に拝所が現れた。 

 

中山茶臼山古墳宮内庁が管理する陵墓。宮内庁の高札には「孝霊天皇皇子 大吉備津彦命墓」と書かれる。”御触書”は、おなじみの文面。

 

石段の下から参拝する。ここからは墳丘の様子はわからない。

 

岡山市のサイトによれば、中山茶臼山古墳古墳時代前期の3世紀後半から4世紀の築造と推定される前方後円墳

サイズは墳丘長約120m、後円部径約80m、後円部高約12m、前方部長40m。

採集されている埴輪は最古の型式・都月型という説と、それに後続する型式であるとの意見があるそうで、墳丘形状は、古墳時代前期中頃の行燈山古墳(奈良県天理市)2分の1相似形という意見があるそうだ。

http://www.city.okayama.jp/museum/kofun1/09.html

 

振り返ると、備中国備前国との国境石が。古墳は中山の山頂に築かれている。墳丘上にある(と思われる)最高点の標高は162m(麓の平野部は2m)

 

墳丘の右裾側へ回り込んで、拝所を振り返る。

 

周囲を柵で囲われているが、墳丘右側に沿う道が続いていた。

 

墳丘側の様子。

 

反対側は下り斜面で、底にあずまやのような建物が見えた。

 

左手に墳丘を見ながら進むと樹々を透かして、前方部から後円部への鞍部が認識できた。

 

さらに進むと、柵の内側へ扉を開けて入り込める一画があった。

グーグルマップに「八徳寺 穴観音」の印があるポイント。

 

解説板があった。 

穴観音
主石と考えられる自然石(花崗岩)の正面を船形に彫り沈めて仏像を半内に現し、石の左側面には口径20cm、深さ16㎝、底径4㎝ほどの孔が窺われるが、仏像も穴も現状が判らぬほど風化し傷みも激しい。
昔からの言い伝えで側面の穴に耳をあてると観音様のお声が聞こえると言う俗信仰があって、昔から縁日には参拝客が多い。
私見ではあるが、この岩石群は茶臼山古墳築造時(5世紀頃)からこの位置にあり、原始的祭祀行事の場と思われ、正面の仏像は観世音菩薩ではなく大日如来像である。
一宮地域活性化推進委員会

 

上記文章の「私見ではあるが」が、どこまでにかかっているかによるが、古墳の築造時からこの場所にあった岩石群のようだ。

 

一応、丸い穴に耳をあててみました。 

 

区画の周囲には柵が巡らされているが、この一画だけ墳丘側にくいこんでいるで、後円部を間近に見上げることができた。

 

後円部先端方向。

 

反対側、くびれ部への方向。

 

一画から外に出て、歩いてきた方向を。

 

拝所前へ戻ると、手作り的な「御陵」のサインが。

 

その向かい側には長い石段が続いていた。こちらが正式な参道のようだ。

 

下まで降りて見上げたところ。地理院地図を見ると高低差は40m。

ここから車道を上って文化財センターへ戻った。