墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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永安寺東古墳 熊本県玉名市玉名

永安寺東古墳は、前回の西古墳のすぐ隣に残っています。

 

西古墳側から見ると、墳丘がえぐれているのがわかります。

 

東古墳側に、両古墳の説明板がありました。

国指定史跡 永安寺東古墳・永安寺西古墳
所在地:熊本県玉名市玉名字永安寺
指定年月日:平成4年12月15日
永安寺東古墳・永安寺西古墳は、6世紀後半(古墳時代後期)に造られた古墳で、石室に装飾が施されていることから、装飾古墳とよばれている。玉名平野北側の丘陵裾に造られており、両古墳のほか、装飾古墳として、大坊古墳、馬出古墳が知られている。玉名平野や菊池川が一望できる場所にあり、優れた装飾や副葬品を持つことから、これらの古墳は、当時このあたりを支配していた権力者の墓だと考えられる。
菊池川流域は、全国で最も装飾古墳が集中している地域の一つである。その中でも永安寺東古墳は、幾何学的な文様と写実的な文様による優れた装飾が、良好な状態で残っていることから、隣接する永安寺西古墳と共に、平成4年に国史跡の指定を受けた。
古墳の名称は、永安寺という地名から付けられている。古墳の周辺には、中世の石塔が多く残されており、発掘調査の成果などから、永安寺という寺院があり、それが地名の由来をなったと考えられる。
平成11年度から平成17年度にかけて、玉名市が、国と熊本県の補助を受け、両古墳の保存と活用のために整備を行った。
平成18年3月 玉名市教育委員会

 

そこから「古墳入口」への表示が始まります。

 

東古墳の背面側に出ます。


その東側に、開口部入口へ降りるルートがありますが、令和2年7月の熊本豪雨において墳丘部に亀裂が入り、石室への通路が破損して、立入禁止となっていました。

 

墳頂部と、新玉名駅方向を。

 

斜面下に永安寺東古墳の説明板が立っているのが見えましたが、下からでは私有地を横切らなくては行けないので断念しました。

そもそも豪雨以前に平成28年4月の熊本地震で、永安寺東古墳は石材の損傷、永安寺西古墳も石室内への土砂流入などの被害が出たそうです。

 

下記はネット上にあった説明板から。

永安寺東古墳
永安寺東古墳の石室は、前室と玄室(遺体を埋葬した部屋)の二つの部屋を持つ複室の横穴式石室で、阿蘇灰石と花崗岩で造られている。前室の壁面に円文・三角文・舟・馬、玄室の中にある石屋形(遺体を納めた施設)の天井部に三角文が、共に赤色で描かれている。羨道(入口部分の通路)から、前室の異質にかけて壊れていたが、発掘調査により発見された前室の石材を使用して復元を行った。
墳丘は、本来丸い形の円墳だったが、中世以降に周辺部を削り取られたため、当時の姿は失われている。
平成18年3月 玉名市教育委員会

 

平家蟹さんは地震前に現地を訪ねておられます。

古墳のお部屋ブログ館 永安寺東・永安寺西古墳

 

下記のサイトにて永安寺東古墳の装飾文が見られます。見事な玄門の連続三角文。前室側壁の円文は、まるで草間彌生作品のような。

永安寺東古墳・永安寺西古墳 文化遺産オンライン