墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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高松市茶臼山古墳 香川県高松市前田西町

前回の久本古墳から800mほど南にあるのは、(高松市)茶臼山古墳。

茶臼山石土一心院の参道から上がります。

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祠の後ろのこの階段を登ります。

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途中から山道に。

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最後に倒木を除けつつ後円部へ。

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半信半疑で上がった先に説明板があって救われた気分!

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(スマホカバーのベロが写り込みました)

説明板は2枚。

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高松市茶臼山古墳
史跡 昭和45年8月8日 香川県指定
この古墳は、今から約1600年ほど前、古墳時代前期に造られた豪族の墳墓である。形の上から前方後円墳とも呼ばれる。
今立っている所が後円部で、ここにある2つの竪穴式石室が遺体を埋葬する施設で、後円部から北東方向に墳丘が延びており、これが前方部である。古墳の全長は66m、後円部直径25m、前方部端幅11mで、丘陵を利用している。後円部は、自然地形上に2.4mの盛土をしている。
古墳の調査は、昭和44年7月29日から10月24日まで、香川県教育委員会、高松市教育委員会のほか、地元有志など多くの方々の協力で行われた。香川県内では、大川町富田、坂出市田尾の茶臼山古墳等が知られている。
この古墳は、高松市東山崎町、前田西町、新田町にまたがり、後円部の中心に三町の境界があるので山の名前から高松市茶臼山古墳と呼んでいる。
高松市教育委員会

 

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竪穴式石室
第一主体部(南)
第二主体部(北)
この石室は長さ10m、幅6.2m、深さ1.1m傾斜角度約50度の土壙の中に築かれています。
石室は、安山岩の板石を小口積みし、裏ごめとして多くの石と土砂がつめられています。床面には、粘土が敷き詰められ、その上に木棺を入れた遺体が安置されたものと思われます。石室の規模は、長さ5.45m、深さ1.35m、幅は西方で0.7m、東方で1.1mと東方が広くなっています。天井の蓋石には9個の石が用いられていますが、中には重さが2.5トンもあると思われるような巨石が見られます。遺体は石室の内部に頭を中央に向かい合わせて2体分があり、その中央部に朱に染まって鍬形石が2個出土しています。その他ガラス製の小玉、硬玉製の管玉、勾玉などの装身具とか、鉄器では剣5口、太刀1振、鉄鏃4口、銅鏡1面(平縁画文帯重列神獣鏡)、土師器2点なども発見されています。
高松市教育委員会

 

第2主体部です。

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ちょっと中に入って。

写真だと判りにくいですが、横穴式石室のように人が立てるスペースではなく天地1mほどなので、匍匐しないと先へ入るのは困難です。

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草に隠れ気味の第1主体部。

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落ち葉で埋まっていました。

現地ではこちらが第2主体部と思い込んでました。ちょっと落ち葉を取り除いていたなら…

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後円部から前方部方向だと思います。全長66m(75m)もある前方後円墳とのことですが、草木の繁茂で形を認識するのは困難でした。

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高松市のサイトには発掘調査時の、形状がわかりやすい写真があります(こちらでは全長75mとの記載)

高松市茶臼山古墳|高松市

 

こちらでは動画も。第1主体部の見事は石積みも見られます。

平成27年3月16日「高松市茶臼山古墳」 | 高松ムービー(動画)チャンネル

 

額田大玉さんもおすすめの第1主体部でした… 

http://kofuntokaare.main.jp/5goufun/page805.html

 

ここは事前に情報を確認しておくべき古墳でした。再訪せよとのことでしょう。