墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

甲山古墳 埼玉県熊谷市冑山

2020年の最後のエントリは埼玉県熊谷市の甲山(かぶとやま)古墳。

前回の「とうかん山古墳」の1㎞程南南西。

 

グーグルマップで後円部の西側の小径に導かれた。

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近くで草に埋もれたいたのルノー4?

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登り道があった。

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上がったところはテラス。左を見て。

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右を見て。右から回り込んだ。

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回った先に東を向いて冑山神社。疫病退散を願って参拝。

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手前に古墳の説明板があった。

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埼玉県指定文化財
史跡 甲山古墳
指定 平成元年3月17日
所在 大字冑山字賢木岡西
甲山古墳は、比企丘陵の北東部に位置し、標高約51mの丘陵上に構築された古墳です古墳の形がちょうどかぶとの様な形からこの名がつけられました。
この古墳は、墳形が中段にテラスを持つ円墳で、規模は南北径が約90m、高さが約11.25mあります。円墳としてはさきたま古墳群の丸墓山古墳(径105m)についで県内第二位の大きさをほこっています。
墳頂には、八幡様の本殿が、また墳丘東側には冑山神社がもうけられ、これをつなぐ石段や参道で一部墳丘が変形しているようにみえます。
この古墳の正式な発掘調査はなされていませんが、江戸時代の地誌である「新編武蔵風土記稿」には「(略)この塚を掘った時に、石槨の中より甲冑や馬上の塑人(そじん:埴輪)・玉・鏡・折れた大刀などが出土した。(略)」と記載されており、この遺物の内容や、近年大里村教育委員会が採集した円筒埴輪の破片から、築造時期は古墳時代後期(6世紀頃)と推定されています。
この甲山古墳とともに、北へ約1㎞先の大字箕輪にも、とうかん山古墳と呼ばれる全長74mの前方後円墳があり、当時この地域にはこれらの巨大な古墳を造れる、大きな勢力が存在していたと考えられています。
平成4年3月 埼玉県教育委員会 熊谷市教育委員会 

 

実測図を拡大。 北は右。

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断面図もあった。

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熊谷市のサイトには築造時期は6世紀後半代とあった。

文化財 | 熊谷デジタルミュージアム

 

前回の、とうかん山古墳と、築造時期がほぼ重なる。

 

東南東方向へ伸びる参道。

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墳頂の本殿の解説もあった。

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熊谷市冑山地域の文化財
・甲山古墳
冑山地内にある甲山古墳は、全長90m、高さ11.25m、二段築成の大型円墳と考えられています。「新編武蔵風土記原」によれば、埴輪・須恵器・玉類・鏡・太刀等が出土したものの再び埋め戻されたと記されています。
この甲山古墳の墳丘の規模は、県内ではさきたま古墳群の丸墓山古墳に次ぐ県内第二位の規模を持ち、国内でも有数の円墳です。古墳築造の年代は6世紀前半と考えられています。
平成元年3月17日、埼玉県指定記念物(史跡)に指定されました。
・冑山神社本殿
甲山古墳にある冑山神社の本殿建築です。屋根は同類型の社と比べて大きく、精緻な破風を形作っています。また、各所に華麗な彫刻が施されています。この彫刻はその技法などから「歓喜院聖天堂」の建立に関わった彫師による製作と考えられています。彫刻部と裏側の記載から、宝暦二年(1752)の創立と推定されます。神社では7月14日、15日に天王様を開催。熊谷市指定有形文化財(建造物)。
・根岸家長屋門
江戸時代の根岸家は当地域の名主を務める豪農であり、その面影を残す長屋門の規模は、幅13間、奥行3間、屋根棟高10mを誇ります。正面左側は剣術道場の「振武所」として使われ、右側は当時の番頭たちの帳場に使われた部屋が設けられています。建設された時期は天保年間の頃と伝えられており、敷地の広さは1600坪にも及びました。
なお、平成22年度に屋根・柱・壁などの修復工事を実施し、建立当初の面影を取り戻しました。熊谷市指定有形文化財(建造物)
平成25年3月 甲山古墳を守る会・熊谷市教育委員会

 

その解説板の前から振り返った甲山古墳。 

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拝殿の後ろに墳頂への階段があった。

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石段を見上げて。

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墳頂にある本殿。

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石段を見下ろして。

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本殿の彫り物は見事だったが、歓喜天聖天堂と同じ彫師であることは、先の解説を書き起こしていて知った。

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墳頂からの眺望は無かった。

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石段を下りて、拝殿脇の末社へも参拝。

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二段築成のテラス部分を回る。

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整備されて歩きやすいテラスだった。

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テラスから見上げた墳頂の本堂。

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