墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

百合畑古墳群 前編(13・14・15号墳) 長崎県壱岐市勝本町百合畑触

百合畑(ゆりはた)古墳群は掛木古墳の南西300mほど、壱岐島の古墳集中エリアにあり、古墳公園として整備されていた。

 

細い道のアプローチだが、駐車場完備の古墳園。

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現地の説明板。

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百合畑(ゆりはた)古墳園
長崎県壱岐市勝本町百合畑触生池590番地
古墳には多くの人々の労働力を必要とした墳丘があり、その墳丘の内部に遺体埋葬施設をもち、遺体には今日の私たちに、その人の生前の財力や権力を物語る品々が添えられています。このように古墳はある特定の人物のための手厚い埋葬方法であり、一般民衆の墓ではありませんした。
古墳は墳丘の型によって、円墳(半球型のもの)、前方後円墳(前の部分が方型で後の部分が半球型のもの)などとよばれます。
ここでは百合畑1号古墳から6号古墳までの6基の古墳がご覧になれます。
壱岐島は、九州とアジア大陸をむずぶ海上交通の要地として古代から栄え、数多くの文化財を今日に伝えています。その一例として、古代の社会で特別の地位にあった人の墓である古墳が、壱岐島内に256基あります。この数は長崎県下にある古墳の総数423基の60.5%にあたります。
壱岐島内でも勝本町の亀石を中心とする地域に91基の古墳が集中し、壱岐島内最大の古墳群を形作っています。
百合畑触には91基中の23基の古墳があり、百合畑古墳群はそのうちの20基から成ります。
壱岐市教育委員会 

 

周囲には、壱岐を代表する古墳があり、歩いて回れる。

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できれば現地(公園内)の古墳分布図もあるとありがたいです。 

 

駐車場のすぐ脇にあった13号墳。

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その説明板。 

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百合畑13号墳
古墳時代の終わりごろ、6世紀末~7世紀初めに造られたと考えられます。
円墳と呼ばれるもので、直径約15m、高さ約5mの半球型の盛り土、墳丘をもつものでしたが、現在はその半分以上がけずり取られています。
埋葬施設は横穴式の石室で南南西の方向に設けられています。
前室部は墳丘とともにけずり取られてなくなり、中室と玄室がのこっています。 

 

墳丘に石材が。

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駐車場のある北側からの13号墳。 

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南側に回り込んでみた。

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左が13号墳の墳丘。 

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進んでいくと開口部があった。 

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と言っても目の前が中室の石材。

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カメラを差し込んで撮影。玄室は土で埋まっていて、奥壁の上部が見えている。

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13号墳を北西側から。中央やや右に開口部が見えている。

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そこをズームで。前室や羨道があったあたりは削られてしまったようだ。

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駐車場の南東側には小型の前方後円墳・14号墳。 

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その説明板。全長は16mしかない。 

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百合畑14号墳
古墳時代の終わりごろ(6世紀末~7世紀初め)に造られたと考えられます。
前方後円墳とよばれるもので、墳丘の全長や約16m、後円部の直径約10m、後円部の高さ約2m、前方部の幅約7m、前方部の高さ約1.2mあります。
後円部の頂上に、石室の天井石と思われる1枚の平石が露出していました。その状況から埋葬施設は横穴式の石室で、南西の方向に設けられていることがうかがわれました。
前方部は主軸を西南の方向に向けて造られています。
前方後円墳という特殊な型の古墳に葬られる人は、円墳に葬られる人よりも上位の身分の人であった、といのが定説です。 

 

14号墳を前方部側(南西)から。

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右が14号墳後円部、左奥は15号墳。

この写真を撮った時は左奥が14号墳の前方部だと勘違いしていた。

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南東側から見た14号墳。左が前方部、右が後円部。 

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こちらが15号墳。右が後円部、左奥に前方部。 全長25m。

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その説明板。 

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百合畑15号墳
古墳時代の終わりごろ(6世紀末~7世紀初め)に造られたと考えられます。
前方後円墳とよばれるもので、墳丘の全長や約25m、後円部の直径約13m、後円部の高さ約2.5m、前方部の幅約7.5m、前方部の高さ約1.2mです。
遺体埋葬施設は前方部と後円部にそれぞれ1か所あります。後円部のものは横穴式の石室で、玄室の天井石は抜き取られていましたが、南西の方向に向けて設けられています。
前方部は主軸を西南に向けて造られており、埋葬施設の石材の一部が露出しています。 

 

南側から見た15号墳。 

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この背面の18号墳は次回で。 

 

壱岐風土記の丘・古墳館にあった解説。

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百合畑古墳群
巨石古墳のまわりに築造された小さな古墳群 その1
指定区分:未指定
所在地:壱岐市勝本町百合畑触
概要
壱岐島の中央部に位置し、標高90~110m の丘陵上から、前方後円墳4基、円墳19基が確認されています。
前方後円墳は1号墳が全長25m、14号墳が全長20m、15号墳が全長21m、20号墳が全長26mの大きさです。
円墳は18号墳だけが直径31mとやや大きいものの、残る円墳はすべて直径5~20m程度の小規模なものです。これらの古墳は6世紀から7世紀にかけて壱岐を治めていた巨石古墳に埋葬された首長に関連する一族もしくは側近の有力者が築造したものと考えられています。

 

今、書き起こしていて、1号墳や20号墳を訪ねていなかったことにあらためて気づいてしまった。