墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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塚原二子塚古墳~内山塚古墳(塚原2号墳) 古墳と桜の飯田紀行(8)

前回の鎧塚古墳に近接する塚原二子塚古墳。

飯田古墳群中で、前方後円の墳丘が最も美しく残っていた。 

前方部左裾から。 

 

現地説明板。

国指定史跡 飯田古墳群 塚原二子塚古墳(塚原1号古墳)
平成28年(2016)10月3日指定
この古墳は、墳丘長73mの前方後円墳です。良好な姿を残す古墳の上にあがると、眼下に天竜川の流れや対岸の風景を見ることができます。
発掘調査で、葺石(墳丘の表面を覆う石)があることや墳丘のまわりに二重に周溝がめぐらされていたことが確認されています。また、円筒埴輪や形象埴輪、人物埴輪など多くの埴輪も出土しています。このことから、5世紀末に造られたと考えられます。
埋葬施設の調査は行われていませんが、墳丘の状況などから、竪穴式石室と推定されます。
平成29年(2017)3月 飯田市教育委員会

 

実測図のアップ。太いくびれ部は群馬県の太田天神山古墳(墳丘長210m:大阪府羽曳野市の誉田御廟山古墳の1/2相似形)に似ているのでは。

 

前方部下裾の直線部。

 

右が前方部、左奥へ後円部。

 

前方部墳頂から後円部方向。

 

東側の眺め。

 

上記から右へ。

 

パノラマで。

 

鞍部から後円部を見上げる。

 

後円部墳頂には石室材か、後世の墓石か。

 

後円部上から見た前方部。

 

後円部の北東方向で、ひょこり顔を出すシダレ桜。 

 

東側へ降りて見上げた墳丘。左が前方部、右が後円部。

飯田盆地に向かっては、この側面の姿を誇示していた。

 

前方部裾まで一回りして、裾にあった桜を。

 

前方部右裾から。右奥が後円部。

 

上記の鞍部をズームすると雪山が写った。

 

前方部先端側に正対して。

 

墳丘を西側から。右が前方部、左が後円部。

 

後円部の北西裾に国史跡の石碑があった。

 

石碑と道路を挟んだ北斜め向かいに、別の古墳の解説板が。

内山塚古墳(塚原2号古墳)
塚原古墳群の中で一番北側にある円墳です。現状で約30mの大きさがあります。発掘調査で埴輪が出土しています。また、かつて、刀剣類や鉄鏃などが出土されたと伝えられています。5世紀後半に造られたと考えられます。
平成29年(2017)3月 飯田市教育委員会

 

その後ろ側。なんとなく土が膨らんでいるのが直径30mの円墳か?

 

一応、道の奥まで進んでみる。



 

 

藪に埋もれているのかも知れないが、解説板から少し離れたので違うだろう。

 

そこから国道151号を歩いて新川を越えた。