墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

兼清塚古墳~桐林大塚古墳~桐林丸山古墳~前ノ原6号墳~前ノ原1号墳 長野県飯田市桐林 古墳と桜の飯田紀行(9)

前回のつづき、飯田古墳群の竜丘エリア。

5世紀後半に築造された全長50~60mの前方後円墳が3基近在していた。

 

国道から枝道を上ってすぐにあった兼清塚(けんせいづか)古墳。

 

石碑は「竜丘古墳の会」が2014年に建立。大切に扱われている。

 

墳丘上は畑。

 

少し離れて見たほうが古墳の形を把握しやすいのだろう。目前では前方後円の形はつかめなかった。

 「飯田は古墳の博物館」の冊子によれば、兼清塚古墳は5世紀後半に築かれた前方後円墳で、墳丘長63.6m・後円部径28m・前方部幅28m・高さは3.5~5m。
埋葬施設は竪穴式石室と推測され、二神二獣鏡・四獣鏡・内行花文鏡・鏡片・武具・玉類などが出土しているそうだ。

 

兼清塚古墳の北東に隣り合って、桐林大塚古墳が所在する。

 

こちらは国指定に含まれていて、解説板も立っていた。

国指定史跡 飯田古墳群 大塚古墳
平成28年(2016)10月3日指定
古墳形態:前方後円墳
墳丘長:50m(推定53m)
後円部:径35m・高さ7.5~9m
前方部:幅20m
埋葬施設:竪穴式石室(推定)
推定年代:5世紀後半
大塚古墳は、前方部が後世の開発で一部消滅してしまい、現在は後円部と前方部の一部が残っています。
埋葬施設は、竪穴式石室と推定されています。
遺物は、円筒埴輪・水鳥の埴輪・五鈴鏡が出土しています。
平成29年(2017)3月 飯田市教育委員会

 

後円部の周囲が円く残っている。解説が立つのがくびれ部あたり。

 

そこから手前に前方部。上は畑になっているようだ。

 

さらに手前の前方部は完全に削平されていた。

 

それでも後円部はしっかり残る。

 

お墓の後ろの後円部墳頂へ上がらせて頂く。

 

墳頂にも石碑が。

 

木々の間から良い眺めが得られた。

 

振り返っての前方部。

 

桐林丸山古墳は、大塚古墳の100mほど西、少し下がった道路沿いに残っていた。

 

石碑もあってわかりやすい。

 

墳頂に上がらせて頂く。

 

墳頂も墓地。

前出の「飯田は古墳の博物館」によれば、丸山古墳は5世紀後半築造、墳丘長約60mの前方後円墳。埋葬部は竪穴式石室と考えられ、短甲が出土しているようだ。

 

道路のカーブがくびれ部をなぞっているようだ。

 

丸山古墳から一旦川沿いを下り、丘を上り返す。ここも民家の間にシダレ桜。

 

ペンさんのマップによれば、上った先の杉の木あたりが前ノ原6号墳。 

 

振り返っての南側。400mほど先に飯田線時又駅がある。

 

前ノ原6号墳も周りは墓地だった。

 

墳丘の様子。

ぺんさんのサイトからの孫引きですが、当古墳は径10.9mの円墳で横穴式石室を持つ(現在は埋め戻し)そうです。

http://pennihonshi.blog.fc2.com/blog-entry-930.html

 

前ノ原6号墳から250m北の1号墳へ向かう道は竜丘小学校に沿っていた。

 

校庭のとなりは畑。

 

その先、右への枝道沿いに前ノ原1号墳。ぺんさんとほぼ同じ構図となった。

 

そこから坂を下り、毛賀沢川を渡って再び登り道へ。ここで竜丘エリアから松尾エリアへ入る。