墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

御岳山古墳 東京都世田谷区等々力

前回のつづき。

等々力不動尊から目黒通り対岸を見ると、御岳山(みたけさん)古墳の木立が眼に入る。

 

都指定史跡・御岳山古墳の入口。門の閂は角材が渡してあるだけだった。

 

目黒通りはここから下り坂。いつものように、古墳は台地の縁にある。

 

新し目の説明板。

東京都指定史跡 御岳山古墳(みたけさんこふん)

所在地:世田谷区等々力1-18 指定:昭和55年2月21日

御岳山古墳は、多摩川の左岸、標高31mの舌状台地先端部に位置しており、西側には等々力渓谷を臨んでいます。世田谷区野毛から大田区田園調布にかけて多摩川左岸の台地縁辺部一帯には、連なるように50数基から成る荏原台古墳群が形成されており、本古墳はこのうちのひとつです。西方には野毛大塚古墳(都指定史跡)があり、これに次ぐ規模を有しています。全長57m、現在高7mを測り、野毛大塚古墳と同じく帆立貝形です。河原石による葺石、円筒埴輪を伴い、5世紀後半から6世紀中葉の築造と考えられています。

学習院大学の調査によって、埋葬施設である内部主体は。木棺を粘土で覆った粘土槨であると推定されています。副葬品として内行花文を文様とする七鈴鏡(都指定有形文化財)、短甲、直刀等が出土しており、特に短甲は二領分の破片があり、その製作時期が5世紀後半に位置づけられます。平成22年3月建設 東京都教育委員会

 

閂を上げて入らせて頂く。

 

蛇行する石段の脇に庚申塔?が並ぶ。

 

墳頂には不動明王を祀る祠があった。

 

墳頂から多摩川の方向。

 

木々の隙間から台地下がちらりと望めた。

木々を刈り表面を石で葺けば多摩川からも目立つだろう。

 

木蔭が心地よかった。

 

タケノコも。

 

墳丘の北側の道。前方部の位置はわからなかった。

 

墳丘の後ろは住宅街だった。見通しのいい坂道があった。

 

途中で右折すると目黒通りへ続く階段があった。

 

階段のそばにあったお宅。おそらく背後が御岳山古墳の木立。

 

目黒通りを坂下で横断して等々力渓谷への方向へ戻った。渓谷を抜けた谷沢川。

 

下流の多摩川方向。