墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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御所山古墳 福岡県京都郡苅田町与原

御所山古墳は、前回の番塚古墳から400m南、国道10号沿いに立地。

南北を長軸とする全長119mの前方後円墳で、後円部を南に向けます。

 

東側の中津街道沿いに立つ、白庭神社の鳥居。

 

後円部へ続く参道。


参道脇に古墳の説明板。

御所山古墳
(昭和11年9月3日 国指定史跡文化財)
北部九州屈指の規模を誇る前方後円墳で築造は5世紀後半代と推測され、墳丘は全長119mを測り、前方部82m・後円部径73mで前方部と後円部のくびれ部両側には造り出しを設けている。
石室は天井が穹窿状に持ち送る大型のもので、横穴式石室としてはこの時代の中では最も古い部類に属している。
出土品は、四禽四乳鏡・勾玉・棗玉・管玉・ガラス玉・金銅製雲珠等が出土している。
毎年2月12日に豊作と無病息災を祈る祭りとして、この境内で「どんど焼き」が行われ、多くの観客でにぎわう。

 

「天井が穹窿状に持ち送る大型」の横穴式石室、見たいものですが、残念ながら埋め戻されていて叶いません。

 

苅田町歴史資料館でいただいたパンフによれば、墳丘の周囲には幅約5mの周溝が巡り、墳丘は人頭大の葺石で覆われ、平坦部を中心に埴輪を立てていたそうで、

江戸時代の文献資料「大宰府管内志」に文政3年(1820)主体部が開口したと記されている。明治20年(1887)東京大学の坪井正五郎博士が主体部の調査を行っており、その報告によると、前方部に向かって開口する大型の横穴式石室があり、羨道が狭く、玄室は床面が長方形プランを呈し、石障で屍床分けするという特徴をもつ。主体部からは銅鏡(四禽四獣鏡)・装身具(勾玉・管玉)・武具(甲・冑残欠)・武器(鉄鏃)・馬具残欠などの副葬品が出土し、現在宮内庁に保管されている。

これらの出土品や墳丘構造から築造年代は5世紀前半~中頃と考えられている。調査が古く、情報が限られているが、屍床分けされた石室構造は豊前地方唯一のもので、筑肥文化の影響が強いとされる。また、馬具は形式的に朝鮮半島の高句麗~新羅系のもので、御所山古墳の被葬者が当時の東アジアを巡る国際情勢に深くかかわっていたことがうかがえる。

 

後円部への石段。

 

そこから右手。周濠がわかります。

 

後円部墳頂の白庭神社。

 

拝殿前に大きな標柱がありました。

 

拝殿の後ろ、前方部側に本殿があります。

 

くびれ部あたりにあるご由緒。

古墳についての説明もありますが、,公式サイトにて同じ内容を読めます。

白庭神社|宇原神社(公式ホームページ)

「石室は横穴式で、壁面構築は割石小口積の手法を採り、石障仕切石と共に朱が塗布された『稍目鏡橋形』となっている」とのこと。

 

前方部上の本殿。

 

参拝後に振り返って。こちら(前方部)の方が拝殿(後円部)より高い感じです。


本殿から、前方部を右隅側へ下りて。

 

前方部先端側の道路。

 

前方部右隅。

 

そこから墳丘の右(西)斜面を。奥が後円部ですが…



造り出しと思われる箇所。

 

そのあたりから見上げた拝殿。

 

そのまま裾を歩いて、後円部先端側の様子。

 

ぐるっと回って、最初の参道(石段)脇へ。

 

後円部斜面の庚申塚。この石材は違いますよね。

 

車に戻って一回りしていると、前方部右隅側にも小さな駐車スペースがありました。

 

そこにあった説明板。

御所山古墳
周防灘の海岸線に沿って南北に延びる丘陵に所在し、全長は約120mにおよぶ古墳時代中期の大型前方後円墳。前方部・後方部ともに3段築成で、くびれ部に造り出しを備え、墳丘を巡る周濠・周堤帯をもつ。
明治21年(1888)に坪井正五郎が主体部の調査をおこない、馬具や管玉などの副葬品が確認されており、現在、宮内庁がそれらの出土遺物を所蔵する。昭和11年(1936)の国指定時には、地元の酒造所・増田商店や白庭神社宮惣代をはじめとした有志により、史跡指定の早期実現についての要望が県に送付されている。平成19年(2007)から開始された苅田町教育委員会による調査も、地元からの眺望が契機となっている。近年、御所山古墳周辺の調査も進展し、陪塚も確認された。陪塚は畿内を中心とした天皇陵など大型の古墳周辺に計画的に配置された小型古墳で、九州では数例を数えるのみである。御所山古墳は畿内の影響を強く受けた九州の代表的な前方後円墳として評価が高まっている。
昭和11年(1936)9月3日指定
平成24年(2012)9月19日追加指定
令和2年(2020)3月10日追加指定
令和4年(2022)3月15日追加指定

 

今更ですが、地図に陪塚が描かれていることに…

 

駐車場から撮った前方部先端。道路の左の草あたりに陪塚の一部があるのかも知れません。

 

中央の土の広場がそうですが…

2023年9月上旬訪問