前回の八雷古墳からさらに南西へ1.3㎞、国道201号に平行する旧道沿いの庄屋塚古墳へ。
墳丘の南西、前方部先端側に広い駐車場完備。

駐車場の石碑があります。

その背後が前方部左隅。左奥へ後円部。

2つの横穴式石室をもつ前方後円墳で全長85m、6世紀中頃の築。

6世紀中頃につくられた前方後円墳/みやこ町指定文化財
庄屋塚古墳
この古墳は、6世紀中頃につくられた前方後円墳です。小河川の浸食で形成された微高地上に築かれ、二段に盛られた墳丘は、築造当時、全長85mほどの規模であったと推定されています。
墳丘の大きさは、京都(みやこ)・行橋(ゆくはし)地域でも、苅田町(かんだまち)にある石塚山古墳(全長約130m)、御所山古墳(全長約119m)に次ぐもので、6世紀中頃の古墳としては、豊前地方にとどまらず、県下最大級の規模を誇ります。この古墳に葬られたのは、のちの橘塚古墳(6世紀後半)・綾塚古墳(7世紀初頭)の築造者に連なる、当地域における首長クラスの人物と考えられます。
この古墳の前方部と後円部にはそれぞれ石室があります。後円部の石室は開口していませんが、前方部の石室は昭和39年(1964)に発掘調査が行われ、複室構造の横穴式石室が確認されました。
みやこ町教育委員会
墳丘測量図。ちょっと痛々しいです。

墳丘への入口を探し、まずは前方部右隅へ行きますが金網がガード。

今度は墳丘側面を右手に見ながら、道路に沿って後円部側へ。

くびれ部あたりに焼き鳥屋さん。

そのくびれ部あたり。

道路から、くびれ部と、鞍部の稜線を。

後円部先端側に入口がありました!

しっかりした階段。

後円部墳頂。

神社です。

後円部から見る前方部方向。

降りていく階段は途中から草の中。

そこを降りて振り返って。

目の前に前方部がありますが、腰高ぐらいの草だったので引き返しました。

柵があるので(どこまでが墳丘がわかって)助かります。中央は先ほどの焼き鳥屋さん。

南方向。

墳丘前のバス停。「太陽」に行ってきたわけです。

「太陽」あたりからの田園風景。

こちらのサイトにて石室の実測図が見られます。
2023年9月上旬訪問