前回の大坊古墳から北に車で8分ほどには、石貫ナギノ横穴群があります。
まずは奥側の石貫穴観音横穴。見学者用駐車場あり。
その手前に、石貫穴観音横穴への枝道があります。
田畑の間の、気持ちの良い散歩コース。
中央の中腹に見えています。
ズームで。
集落の細道を。
観音さまへの参道。
拝殿で参拝、そしてその背後へ。
拝殿前にあった説明板。
国指定史跡 石貫穴観音横穴
玉名市は、古墳時代後期頃に築かれた墓の種類である横穴墓が多く残っている地域です。
玉名市石貫安世寺地区の阿蘇溶結凝灰岩崖面には、石貫穴観音横穴と呼ばれる5基の横穴墓が築かれています。西(向かって左)から1号墓~5号墓とされており、特に2号墓が最も規模が大きく、内部の奥壁には横穴名の由来となった千手観音像が浮彫りにされています。1号墓から3号墓は、横穴入口の縁部分が赤などの顔料で彩られており、装飾ある横穴墓として全国的に知られています。
大正10年に石貫ナギノ横穴群と熊本県内の他の装飾古墳(井寺古墳・千金甲甲古墳・千金甲乙古墳・釜尾古墳・大村横穴群)と共に国の史跡に指定されました。これらは装飾古墳及び横穴として日本国内で第1期の指定であり、その存在を広く世の中に広める第一歩となった記念すべき史跡です。
平成21年 玉名市教育委員会
5基の横穴墓があります。
1号墓、2号墓の入口縁に装飾文。
新しい方の説明板。
国指定史跡 穴観音横穴
大正10年3月3日指定
石貫穴観音横穴1号墓から3号墓の装飾は、入口にアーチ状の飾縁が付き、赤や白の円文などで彩られています。2号墓内部の屍床上部には、瓦屋根の軒丸瓦を模したような庇状の突起が設けられており、屍床奥壁には千手観音が浮彫りされています。さらに奥室には観音像が安置されており、他の横穴墓にはみられない特徴を有し、全国的にも例が無い貴重な横穴墓です。
石貫穴観音横穴のふもとの安世寺地区には、かつて中世寺院の安世寺が開かれていたとされ、寛正2年(1461)に藤原為安(菊池一族、石貫在住の有力者)が、菊池の臨済宗正観寺第15世笑耘(えうん)和尚を招いて建立したと伝えられています。現在は廃寺となっており、横穴墓も寺院の施設の一部になっていた時代があったと考えられています。
平成24年2月 玉名市教育委員会
左から1号墓、2号墓、3号墓。
網は移動可です。
1号墓から。
棺台の縁が、細くしっかり造作されています。
奥壁側には石塔も。上部の屋根が石棚仕様でしょうか。
奥壁を背にして。
こちらは2号墓。
網を除けて。
綺麗に掘り込んだ縁に、彩色が残っています。
奥壁の屋形は、瓦屋根仕様。右は十一面観音ですね。
奥壁には、うっすらと千手観音の浮彫り。
しゃがんで、軒を見上げて。
こちらが3号墓だったと思います。
ここも、丁寧に加工された棺台。
天井は三角屋根状。
奥壁を背にして。
その隣の4号墓、右下に5号墓。