墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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橋津(馬ノ山)古墳群:4号墳 鳥取県東伯郡湯梨浜町上橋津

前回の3号墳と、道路を隔てた東側に4号墳があります。

3号墳側から見えるのは前方部先端側。

 

結構な藪ですが、回り込めるところまで恐る恐る進みました。

 

その先に壁のように前方部先端側。土取りで10mほど削られたようです。

 

前方部墳頂へなんとか上がって後円部方向。立派な墳丘に見とれます。

 

後円部の標柱あたりから振り返って。

 

平らで広い後円部墳頂。

 

北側には日本海が!

 

後円部の南東方向に展望台が見えます。もちろん、このあと行ってみました。

 

後円部先端側斜面を降りて振り返って。

 

こちら側に説明板がありました。

国指定遺跡
橋津・馬ノ山4号墳(橋津古墳群)
昭和32年6月3日指定
橋津・馬ノ山4号墳は4世紀に造成された東伯耆を代表する大型前方後円墳で、東から西にゆるく下降する尾根に、前方部を西に向け、赤土を盛り上げて築かれている。推定全長は110mといわれているが、後に橋津台場築造のため前方部を削り取られたため、現存する長さは90m、後円部の直径55m、高さ9m、前方部幅35m、高さ6mとなっている。昭和31年、竪穴式石室や箱式石棺、円筒埴輪棺などの発掘調査が行われた。
長さ8.5mの竪穴式石室は板石を15段ほど積み上げて造られており、室内は深紅に彩られていた。室内には推定2.7mの割竹式木棺があり、中国製の三角縁神獣鏡や日本製の画文帯神獣鏡、翡翠製勾玉、石釧、車輪石、さらに棺外には刀剣類が副葬されていた。その他の埋葬施設からも、数多くの貴重な副葬品が出土しており、それらの出土品の一部は、現在、湯梨浜町羽合歴史民俗資料館に展示されている。
湯梨浜町教育委員会

 

写真部分のアップ。

 

展望台の近くの道路沿いに別の説明板があります。

国指定史跡 橋津古墳群
指定年月日 昭和32年6月3日
日本海と東郷池の間の丘陵上に、4世紀から6世紀後半にかけて5基の前方後円墳と19基の円墳が築造されており、馬ノ山古墳群とも呼ばれている。
このうち最大のものは橋津4号墳(馬ノ山4号墳)で、推定全長約100m、後円部径55m、高さ9mの前方後円墳である。後円部中央には全長8.5m、幅0.85mの長大な竪穴式石室が確認された。
石室内には、割竹形木棺があり、棺内には、三角縁神獣鏡や画文帯神獣鏡、内行花文鏡など5面の銅鏡のほか、ヒスイ製の勾玉、車輪石・石釧といった腕輪形石製品、棺外には刀剣類が副葬されていた。
このほか、後円部・前方部に箱式石棺、埴輪棺など5基、墳丘斜面や周辺にお多数の埋葬施設が確認されている。
2号墳とともに古墳時代前期末ごろ(4世紀後半)に築造されたもので、東伯耆で古い段階の前方後円墳の1つであr。橋津4号墳の出土品は湯梨浜町羽合歴史民俗資料館などに展示されている。
平成26年3月 島根県教育委員会

 

その実測図部分。


そして、こちらが展望台から見た橋津(馬ノ山)4号墳。

 

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