三朝温泉を堪能して、今回の墳行最終日の朝は三明寺(さんみょうじ)古墳からスタート。
倉吉市内を流れる天神川支流の・鴨川の左岸の丘陵中腹に立地。
三朝温泉から東に車で10数分で、三徳山三佛寺の投入堂の遥拝所に行けるようなのですが、時間の都合で次の機会としました。
急坂を上がってお寺の駐車場へ。
山門は通行止めでした。
ズームすると高低差がよくわかりました。
本堂の左側から古墳への道が整備されています。
数分で、延命地蔵尊を祀る石室前に着きました。
着いた時は、地元の方々が十数人、清掃活動をされていました。
大切に守られています。
江戸時代初期から祀られているお地蔵さんのようです。
岩屋延命地蔵尊
今から300年前から石室にお祀りされているお地蔵さんは子ども達の守り神さんです。
子ども達の健康や交通安全、諸災消除、諸縁吉祥などの御利益があり、多くの人々の信仰を集めています。
手をあわせ心からお経を唱えるとかならず御利益が享けられます。お地蔵さんのお経(三度お唱えしましょう)
「オン カーカー カビサン マーエイ ソワカ」
平成23年4月
まぶしい緑と開口部。
袖石というより、扉のような入口。
精度高く加工されています。自動で左右に開きそうな雰囲気。
現地説明板。
三明寺古墳
国指定史跡
昭和6年11月26日指定
向山中腹に立地するこの古墳は、7世紀初めに造営された古墳時代後期の古墳。円墳(直径18m・高さ6m)とされているが方墳か多角形墳とも考えられる。
埋葬施設として山陰最大級の横穴式石室(全長8.3m)をもつ。石室の構築は、一枚の巨石を立てて奥壁とし、側壁は大きな石の上に切石をやや内傾させ、持ち送り敵に積んでいる。遺体を安置する玄室(長さ3.7m、幅3.2m、高さ3.1m)には、奥壁に密着し入口に向かって開くコの字状の石組が存在する。この石組は、蓋がのっていたものと推定され、九州地方に分布する石屋形の構造に類する。三明寺古墳の造営主が九州とつながりをもっていたと考えることができるものである。
石室に切石を用材としている点などから福庭古墳(ふくばこふん:市内福庭)とともに倉吉地方において最も新しい時期のものと考えられる。
文部省 倉吉市教育委員会
平成12年3月指定
実測図部分。
入ってすぐ正面。木枠の上にお地蔵さま。
祠の屋根が後ろにくっついています。
下部には、コの字が手前側に開く石屋形。
薄い板石を使っています(向かって右)
向かって左。
玄室の側壁の切石。ぴったりと加工された職人技。
奥壁を背にして右側の袖石。
左側の袖石。こちらのほうが厚みがあります。
こちら側も、角の部分が高い技術で加工されています。
袖石の間の幅は1m以下。築造時はどんな風に閉じられていたんでしょうかね。