墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

谷津山古墳(柚木山神古墳) 静岡県静岡市葵区柚木

前回のつづき。

静岡鉄道の柚木駅で降りて国道と反対側へ出て、左に向かう枝道の2本目。

 

そこを進むと右側に鳥居が。

 

山道も記されたグーグルマップのおかげでスムーズに登り口に着いた。

 

朝日を浴びた斜面を登り始める。

 

明るい竹薮の中を。

 

次第に山深い雰囲気になるが、しずてつの踏み切りの音だけでなく、新幹線が通る音がしばしば聞こえた。

 

上方が開けてきた。 

 

木々を透かしてみるとかなりの高さ。

 

いきなり墳丘が現れた。

 

後円部の墳頂へ向かう。

 

振り返ると太平洋まで見通せる素晴らしい眺めがあった。

 

少し引いて、後円部とともに。

小島のような丘は八幡山(1.4km先)で、その山頂にも古墳がある。有名な弥生時代の遺跡・登呂遺跡は八幡山のさらに1.6km先に位置する。

 

西側をズーム。右から迫る山の向こう、焼津の方まで見通せる。

 

墳頂の空は巨木が覆っていた。

 

その説明板。4世紀に造られた全長110mの前方後円墳で、清水平野で最大かつ最古とのこと。

谷津山(やつやま)古墳(柚木山神古墳)
静岡平野の中央に位置する標高108mの独立丘陵谷津山の山頂に築かれた「谷津山古墳」は、古墳時代前期(4世紀)の前方後円墳です。
この古墳は、清水平野の古墳の中でも最も古く、かつ最大(全長約110m、高さ10m以上)で後円部の中央に被葬者を埋葬した竪穴式石室がヘギ石を積み重ねてつくられていました。江戸時代の天保年間と明治時代に掘り起こされてしまい、その詳細は不明ですが、当時の様子を伝える記録から、大きな板石で覆われた長さ約3.5mの竪穴式石室の中に、朱を塗った木棺が豊富な副葬品と共に納められていたことが推測できます。
銅鏡6面をはじめ、銅鏃・鉄鏃・剣などの武器、それに紡錘車・巻軸形石製品・砥石・石製鏃・管玉など被葬者の社会的地位の高さを示す副葬品が出土していますが、残念ながらそれあの多くは散逸してしまいました。
古墳の形態・規模・副葬品の内容それに静岡清水の両平野を見渡すことができる立地から、谷津山古墳の被葬者は「旧事本紀」(平安時代に編纂されたとされる古代の史書)による廬原(いほはら)の国(古代の駿河国の前身)の首長の墳墓ということができます。

 

そこから左を向いたところ。

 

埋葬部跡の上に祠(柚木浅間神社)があった。

 

基壇に使われている石はかつて棺の周りを補強していたものとのこと。

 

振り返るとちょうど正面に太陽が。

 

前方部への道。

 

後円部端から前方部。右手・北側にも眺望が開けた。

墳丘が丘陵(標高108m)の頂上を利用して造られていることが実感できる。

 

縦位置で。木は桜のようだ。春にも来てみたい。

 

鞍部(くびれ部)のあたりから南側の眺め。

 

パノラマで。左端は後円部。

 

北側の眺め。

 

ズームすると雪をかぶった南アルプスが!

 

前方部から後円部方向。

 

くびれ部あたりを北側に下りる道から前方部方向。

 

時計回りに後円部をまわる路があった。

 

後円部のカーブ。

 

見上げる後円部。

 

後円部斜面から前方部方向。

 

さらに回り込んでいく。斜面にテラス状の部分があることがわかる。

 

さきほどの上り口へ。

 

残念ながら富士山の方向は木が繁っていて遠望が得られなかった。

 

再び前方部へ戻って、右裾から後円部方向。

 

前方の端に鉄塔が設置されていた。

 

なんの塔かと検索してみると、こちらの方のブログで、かつてのNHK静岡・ラジオ送信塔であったと知った。1930年にこの塔を設計したのは、その後に東京タワーを設計した内藤多仲だそうだ。

 http://blog.goo.ne.jp/asabata/e/d1967152d38d6dc4a110d38f894cab2d

 

前方部の下端の斜面を散策路から。

 

 

そのすぐ先にあずま屋と墳丘のような土盛が。

 

 

あずま屋の脇に「谷津山ハイキングコース・古墳の森公園」の説明板があった。

 

その一部に谷津山古墳(1号墳)の解説が。

「谷津山1号墳はどこ?」
谷津山1号墳は静岡市内では最大(全長110m以上)の前方後円墳で4世紀に造られたと考えられています。1号墳は谷津山の最高地点標高108mにあり、前方部を清水山方向に向け、被葬者は現在、柚木浅間神社の祠がある場所(後円部)に葬られていました。前方部、後円部ともに3段に造られており、表面(車面)は、拳大の川原石で覆われていました。なお、谷津山には、この他に2基以上の古墳の存在が推定されています。

 

さらに柚木浅間神社の解説も。

 柚木浅間神社
谷津山1号墳の後円部にある神社です。神社の石垣に積まれている扁平な石はへぎ石と呼ばれ、元々、石室の棺の周りに使用されていました。被葬者を納めた施設は、清水区庵原の三池平古墳と同様の竪穴式石室でした。

 

こちらの土盛の説明板はなかったが後で昇寛さんのサイトにて、2号墳(前方後円墳)の後円部と知った。左の散策路によって前方部と切り離されているとのこと。

http://sgkohun.world.coocan.jp/archive/index.php/sizuoka_yatu2/

 

後円部上から北側。

円墳だと思っていたので前方部側は撮り損ねた。

 

墳丘から北側の眺め。

 

ここからも白銀の南アルプスが見えた。

 

ここで初めて人とすれ違う。朝の挨拶をして振り返ったところ。

 

新年の初めのエントリを古墳テーマとすることができて嬉しいです(そう計画したわけですが…)

本年も各所巡って行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。