2024年の初墳行は東京都日野市へ。
台地の上側からアプローチしましたが、横穴墓の場合は下からが基本でしたね(大概は急斜面なので)
上記の先の右手。多摩川の支流、浅川を隔てた対岸には多摩丘陵が望めます。
目の前には国道20号の日野バイパス。
笹の斜面下に看板らしきものが。
笹の間に自然の道がありましたが、斜面に落ち葉が積もっていてすべりやすく、尻もちをつきました。落ち葉に笹の切り株が隠れていて、危うく手のひらを突き刺すところでした。訪問の際はそれなりの靴と軍手をご用意ください。
看板が横穴墓のもので安堵。
河原石を並べた箇所が3つ。
この下に横穴が埋まっているようでした。
東京都遺跡地図に寄れば時代は 古墳時代・奈良時代。
主な出土品は須恵器、刀子、鉄鏃、人骨、木炭とのこと。
ご~ご~ひでりんさんのサイトによれば、昭和47年に横穴墓4基が調査されたとのこと。日野市埋蔵文化財発掘調査輯報 Ⅱ 1986』からの抜粋も。
看板を背にして南正面の国道20号。そこから眺めるのが正しい鑑賞方法のようでした。
ぶじんさんが5年前に訪ねられています。
台地上側の住宅街の様子。
ここへ来たのは、前日に「それは誠」を読んだからでした。
小説に遺跡名は無いので、あくまで推定です。