前回の福庭古墳からは丘を隔てた東側、東郷池の南の丘陵上に立地する北山古墳へ向かいました。
丘の西裾、県道22号線に入口の表示がありました。車で入れました。
坂道を上がると車を停められるスペースが。さすが国史跡。
中央の階段を登った先が目指す墳丘でした。
詳しい説明板あり。
国指定史跡 北山古墳
昭和55年6月3日指定
国史跡の北山古墳(北山1号墳)は山陰地方最大級の前方後円墳で、その規模は全長110m、後円部径70m、高さ12mに達し、墳丘には葺石が見られる。
後円部はすでに盗掘されていたが、長さ5~6mの竪穴式石室があったものと考えられており、その石室の排水溝が発掘調査で確認され、管玉や甲の一部が発見されている。石室の南2mのところでは箱式石棺がみつかっており、銅鏡、勾玉、管玉、棗玉、鉄斧、刀などが出土している。その他、盗掘された周辺から籠目土器(籠に粘土を押し付けて作った土器)などもみつかっている。また墳丘からは円筒埴輪や朝顔形埴輪のほか、楯、短甲、錣、鶏などの形象埴輪も発見されており、これらの出土品などから5世紀前半ごろの古墳と考えられ、山陰を代表する貴重な古墳である。
なお、後円部から50mほど東側に、北山27号墳と呼ばれる円墳がある。直径22m、高さ2.8mの中型古墳であるが、変形四神四獣鏡が出土したことで知られている。
湯梨浜町教育委員会
全長110mの前方後円墳。5世紀前半頃の築造。
長軸は、北東ー南西方向です。
階段の先に墳丘が。
最後の登りは急斜面ですが振り返ると見事な景色。
目の前は「東郷池」で、左奥に日本海も写っています。かつてはここまで湾を形成していたのでしょう。
後円部墳頂は、内側がクレーターのように凹んでいます。
墳頂の説明板はのっぺらぼう。
その”クレーター”の縁に、石材が見えています。
説明板に記載のある箱式石棺ですね。
後円部は周囲が土塁のように残るばかり。徹底的に盗掘されたのでしょう。
後円部から南側。ここが丘陵頂部であることがわかります。
その少し右、南西方向。なんとなく前方部が見えているような…
長軸上(多分)から前方部方向。110mもある前方後円墳なので墳丘の形を実感したかったですが叶いませんでした。
地理院地図にも印があります。
北側の眺めをおさらい。左(西)から右(東)へ。
↓ここはズーム。道路の橋脚の向こうに橋津古墳群があります。このあと訪ねました。
古墳への階段の脇は果樹園でしたが、梨でしょうか。