今回も多古町の古墳です。
飯土井台(いどいだい )古墳群は前回の白山古墳群と同じ台地上の1.5㎞南西、栗山川を望む台地縁にあります。
栗山川を6㎞ほど遡ると、しゃくし塚(柏熊古墳群)があります。
訪ねたのは2013年。
飯土井台16号墳も白山古墳群と同様に県道沿いのわかりやすい立地。
道路の対岸から。
裾は大谷石で四角く保護されています。
道路側に石碑がありますが古墳の説明ではなく、その後に経塚となったこと、墳丘に昭和45年まで立派な松があったが暴風雨で倒れ、新たに松を植えたことが記されていました。
経塚記念碑
「経塚の一本松」とその名を覇せし名松も昭和45年3月上旬、一夜の暴風雨により元枝に亀裂を生じ、遂に倒覆し、その雄姿は永久に消えたり。
その昔宗門改革により改宗せし諸宗派の経本をまとめ、慈に埋めその上に小松を植え経塚と称せり。
爾来六百有余年、竜蛇昇天の巨松となり「多古松」として幾歳月人々に親まれし老松の名跡を後世に遺さんと、ここに若松を植樹し、この碑を建立するものなり。
昭和52年6月
多古町立中村小学校創立百周年記念
多古ロータリークラブ結成十周年記念
多古町教育委員会
奈良女子大の「前方後円墳データベース」によれば、飯土井台16号墳は北向きの前方後円墳で、残っている後円部が径30m・高さ6mとありました。
墳頂まで石段がついています。
こちらが石碑にあった「若松」でしょうか。
そこから南側の眺め。
上記で見えた道路脇の階段を上がって望んだ西側。
200mほど先で栗山川が削った崖(比高差25m位)があります。
ちば情報マップを見ると目の前の畑には「徳成寺(とくしょうじ)跡」がありました。
また、飯土井台「16」号墳ということは周辺で古墳群を形成しているわけですが、上記マップには16号墳の北側に円墳9基、西側に方墳2基の印がついていました。
グーグルアースで見ると、いくつかは墳丘が残っているようでした。