墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

白山古墳(白山1号墳) 白山姫神社 埼玉県行田市大字長野

前回の高澤記念館から南東に15分ほど歩くと、田んぼの中に墳丘が見えてきた。

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グーグルマップには示されていなかった古墳だったので、興奮気味。

 

墳丘には白山姫神社がある。

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墳裾にあった説明板。

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ぎょうだ歴史ロマンの道
白山古墳
この古墳は、埼玉古墳群の北端に位置する直径約50m、高さ5.7mの円墳です。墳丘の一部に白山姫神社がまつられていて、その東側に横穴式石室の奥壁と思われる緑泥片岩が露出しています。また、社殿側の石段右手に積まれている人頭大の角閃安山岩も、石室の石材であると言われています。
発掘調査が行われていないため、不明な点が多い古墳ですが、7世紀前半頃の築造と推測されており、埼玉古墳群終末期に位置する古墳であると考えられています。
7世紀前半としては卓越した規模の古墳で、埼玉古墳群の最高首長墓の変遷と、古墳群の終焉を考える上で、非常に貴重な古墳であると思われます。
行田市教育委員会

 

その後に訪ねた埼玉古墳群(長野地区)の説明板には気になる伝説も。

白山古墳
白山古墳は、埼玉古墳群の一番北側に位置する墳丘の直径が約50m、高さ5.7mの大型の円墳です。墳丘には白山姫神社が祀られていることからその名がついています。
地元では、この古墳を掘ろうとすると火事が起きるとの言い伝えがあり、昭和34年(1959)に発掘調査を行おうとした所、その直前に地元で火事が起き、調査が中止されています。
そうしたこともあって、これまでに測量調査が行われただけで、発掘調査はされていませんが、埴輪の散布が見られないことと、墳丘上に石室の壁材と思われる緑泥片岩が露出し、石室の石材とおもわれる6世紀前半の群馬県榛名山二ツ岳の噴火で露出した角閃石安山岩の散布も見られることなどから、横穴式石室を持つ7世紀前半頃に築造された古墳ではないかと考えられています。

 

白山姫神社に参拝。

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そこから右を見ると板石が! 

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墳頂側から。 

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それが奥壁だとすると開口部はこの先になるが…

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そこから神社方向を。ちょっと墳丘を削り込んでいる。 

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墳頂は広々していた。

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墳頂から北方向。 

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振り返った板石。奥壁にしてはかなり端っこのようでも。

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北側斜面。 

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田んぼ側から見た墳丘。

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収穫はもうすぐ?

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説明板にある角閃安山岩が置かれた場所は、よくわからなかった。

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