墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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桃山古墳 茨城県小美玉市下玉里

桃山古墳は前回の滝台古墳から350mほど南西に立地。同様に丘陵縁で側面を湖側に見せるが、こちらは滝台古墳とは逆に後円部を南側に向ける。

 

道路沿いに説明板があった。

 

2m超の位置にあって手を伸ばして撮る。 直接読むのは難しい。

桃山(ももやま)古墳
墳丘長53.3m、後円部径30.0m、前方部長23.3m ※平成14年明治大学の試掘調査による復元値
後円部高5.874m、前方部高6.937m ※平成14年明治大学の測量調査による残存値
桃山古墳は、全長53mあまりを数える前方後円墳です。明治大学による測量調査や試掘調査等から、6世紀後葉に位置付けられ、円筒埴輪、形象埴輪(馬、器台部等)、土師器、須恵器などの遺物が確認されています。80mを越す大型古墳である舟塚、権現山古墳などよりも若干時期が新しく、古墳が小型化していく過程の首長墓と考えられています。
平成18年 小美玉市教育委員会

 

左側面を道路で削られている。あと数メートル、ずらせなかったか。

 

藪が深くて中へ行くのは断念した。

 

擁壁で補強された側面。左が後円部、右が前方部。

 

同じ位置からパノラマで。 

 

擁壁が下がっているところがくびれ部か。

 

墳丘を背にして北東側を望む。

まだまだ古墳は周囲には残っているようだったが、次の機会とした。

 

自宅への帰路、たまたま近くを通りがかったので、舟塚山古墳へもご挨拶。

県道沿いの駐車場に車を停めて、墳丘へ歩く。

 

後円部先端側に祀られる神社。

 

全長186mの大古墳。

国指定史跡 舟塚山(ふなつかやま)古墳
所在地:石岡市北根本597番外
指定年月日:大正10年3月3日
舟塚山古墳は、前方部を西側に向け主軸を北側から80度東側に向けている前方後方墳である。墳丘の長さは186m、前方部幅100m、後円部径90m、前方部高10m、後円部高11mの規模を誇り、県内最大で、東日本でも第二位の大きさである。このことから、埋葬者はこの地方を治めていた有力な豪族であったと推定される。
昭和47年の周壕確認発掘調査では、円筒埴輪が出土していることから、およそ5世紀前半に築造された古墳と推定されている。また、陪塚と考えられる円墳(17号墳)からは短甲、直刀、盾などの副葬品が多数出土している。
平成27年3月 石岡市教育委員会

 

後円部墳頂へ上がって前方部方向を。

 

西北西方向の山並み。

 

筑波山をズームで。

 

振り返った南東方向は霞ヶ浦。

 

前方部へ渡って後円部方向を。

 

前方部左裾。

 

左裾に降りて見上げた墳丘。右が前方部、左奥へ後円部。

ここへ来るのは3回目。一番好きな墳丘かも知れない。

https://massneko.hatenablog.com/entry/2015/04/21/070000

https://massneko.hatenablog.com/entry/2013/05/07/094329