墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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矢花の七つ塚(古墳群) 長野県上田市上野

上田市文化財マップ」によれば、前回の新屋1号墳が含まれる新屋古墳群と今回の矢花(やばな)の七つ塚古墳群とは附番が連続する1セットの古墳群。前者に1~4号墳があり、後者に5~11号墳(の七つ塚)がある。

新屋古墳(神科) | 上田市文化財マップ

矢花の七つ塚(神科新屋) | 上田市文化財マップ

 

グーグルマップには位置が示されていないので、新屋1号墳の南側の果樹園沿いを歩いてみたが、現代のお墓しか見当たらず。

 

あきらめて次の上田市立第5中学校へ向かおうと、下った先の果樹園の中に説明板を見つけた。この季節だからか農家の方にお会いできなかったが、柵等は無かったので道に車を停めて果樹園に入らせていただいた。

 

説明板の文字にも時の流れが。

市指定史跡
上田市文化財保護条例第5条の規定により左記のとおり指定する。
種別:史跡
名称:矢花の七つ塚
所在地:上田市大字上野字矢花
指定年月日:昭和57年4月13日
この地域にはもと11基の古墳があり。古墳群であったことが知られ、そのうち4基は早く全滅し、7基が残っていたので「矢花の七つ塚」と呼ばれている。
いまは第8号墳を中央にして第6号墳、第11号墳、第9号墳の4基を見ることができ、第7号墳と第10号墳はその位置が推定できるが、他はまったくわからない。
現存する古墳も墳丘の大部分が、破壊と流出により原形を知ることができないが、第6号、第8号墳に残存する巨石から定形時には規模の大きなものであったことが推察できる。古墳時代の後期(6,7世紀頃)に巨石を用いた横穴式石室をもつ円墳がこの地域に群生したことは壮観であった。神科台地に残存する条理的遺構や国府跡と推定される区域などとの関連も考えられ、当地域開発史の考察上貴重な遺跡である。
保存上の注意
・許可なく指定文化財の現状変更を禁ずる
・環境を汚さないこと
昭和58年2月 上田市教育委員会

 

石室の石が露出した8号墳。

 

大きな天井石が残る。

 

石室の空間は崩れて埋まっているようだった。

 

果樹園を見渡すと、もうひとつマウントが見えた。

 

近づくとこちらに残る石の方が大きかった。前出の「上田市文化財マップ」にある写真から判断するとこちらが6号墳。

 

6号墳を別の角度から。

 

他にも9号墳と11号墳が跡を残しているとのことだが、見つけることはできなかった。

これも墳丘?

 

今回携行した「千曲川古墳散歩」には9号墳の写真がある。

千曲川古墳散歩: 古墳文化の伝播をたどる

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