墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

八幡山古墳 群馬県太田市大島町

前回のつづき。

太田駅に着いた時は駅前の美術館・図書館がまだ開いていなかったので、近場の古墳巡りから始めた。

 

太田駅からタクシーを利用して西中学校の正門近くで下車。その向かいに大島八幡神社への参道入口があった(ミラーの左側)

 

細道を進むと鳥居がある。

 

植物の生命力が感じられる石段。

 

ストレートな急登。

 

石垣的なところを上る。

 

と、社殿が見えた。

 

参道脇の説明板。 

太田市指定史跡 八幡山古墳
指定年月日:昭和56年12月23日
所在地:太田市大島町1129
金山丘陵の南に位置する独立支丘である八幡山(標高78.5m)の山頂を利用し、構築された前方後円墳である。
古墳の主軸はほぼ南北で、全長約80m、後円部の幅約50m、前方部の幅約35mである。
葺石には金山の溶結凝灰岩が使用されている。後円部の墳頂上に建てられている八幡宮社殿の踏石に緑泥片岩が利用されていることから、石室は竪穴系の組み合わせ式箱式石棺などが推定できる。
出土品には円筒埴輪があり、このほか大刀・鏡が出土したと伝えられている。
造られた時期は、4世紀末から5世紀初頭と推定され、太田付近に古墳文化がもたらされた時期に出現した初期古墳の典型であり、前方後円墳としては、規模は大型である。
古墳時代初期にあって畿内大和政権となんらかの結びつきをもったこの地域の豪族層の墳墓と推定される。
平成27年3月25日 太田市教育委員会

 

その実測図。全長80mある前方後円墳。さきほどの石垣あたりが前方部の端だったようだ。

 

太田市のサイトには「古墳時代に、この地方を開拓した首長層の墓と推定されます」とあった。

https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunmazai/otabunka50.html

 

さらに石段を上がって後円部へ。

 

墳頂の社殿に参拝。

 

その踏石に確かに緑泥片岩がセットされていた(右)

 

墳裾から南側。平野部とは35mほどの比高差がある。

 

東側にも”緑の島”が。頂上に高山神社(高山古墳跡)

 

後円部の北側も急斜面で、ルートがついていた。

 

下から見上げた後円部。

 

北側の参道には赤い鳥居があった。