墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

六呂瀬山古墳群 福井県坂井市丸岡町上久米田

前回のつづき。

当初は鯖江市近辺の古墳だけを回るつもりだったがせっかく車も借りたので、高速も使って40分ほど北に向かい、福井平野中央部山際の古墳を訪ねてみた。

 

武生ICから北陸自動車道に乗り、福井北JCTから永平寺大野道路へ入って永平寺参道ICで出る。そこから南東へ行くと永平寺だが、北に九頭竜川を渡って対岸の山の上を目指した。 

九頭竜川の南側にも複数の古墳が尾根上に点在する国史跡の「松岡古墳群」 があるが、ちょっと調べると1時間を超える山歩きとなるとのことだったので、次の機会とした。

 

国道364号をぐいぐい上がっていって最初のトンネルを抜けて振り返ったところ。山側のフェンスに開いている部分がある。

 

そのすぐ先に古墳群見学者用の駐車場があったが、最初は気がつかなくて道端に停めてしまった。 

 

国史跡 」の石柱と説明板。

 

古墳から降りてきた後に、この説明板を読んだ。 

六呂瀬山(ろくろせやま)古墳群
指定年月日 平成2年5月16日
六呂瀬山古墳群は、九頭竜川の右岸丸岡町上久米田地区の六呂瀬山々頂に位置する前方後円墳2基と方墳2基からなる古墳群である。いずれの古墳も丘陵尾根上に築造されているために自然地形の制約を受けているが、その立地・規模・内容などから4世紀後葉から5世紀前葉における大首長の墓であったものとみられる。
北陸地方古墳時代の解明に欠くことのできないものであり、当時、北陸地方に栄えた越国(こしのくに)の形成とその発展を知る上で貴重である。
古墳の規模
1号墳:全長140m、後円部径78m、同高13m、前方部幅58m、同高11mを測る北陸地方最大の前方後円墳
2号墳:頂径6.5m×7m、裾径14m×16m、高2.2mの方墳
3号墳:全長85m、後円部径67m、同高11m、前方部幅60m、同高9mの前方後円墳
4号墳:頂径10m×6m、裾径16m×13m、高2.7mの方墳
六呂瀬山古墳群と鳴鹿大堰を愛する会 坂井市教育委員会

 

発掘の様子を解説したものもあった。

六呂瀬山古墳群
六呂瀬山古墳群は前方後円墳2基と方墳2基からなる古墳群です。九頭竜川を挟んで対岸にある松岡古墳群と並んで越の国の大王の墓とされています。2基の前方後円墳はいずれも葺石が葺かれ、埴輪が据えられていたことが確認されています。こうした事実は、これまでに行われた調査のなかで少しずつ明らかになってきました。
昭和53年の調査
国道364号線の建設工事に伴い、遺跡の分布調査が実施されました。調査の結果、六呂瀬山古墳群は前方後円墳2基と方墳2基からなることがわかりました。このため、道路計画を変更して3号墳の下をトンネルで通し、古墳群を保護することになりました。このとき1号墳で採取された家形埴輪は、福井県立博物館で展示されています。
昭和60年の調査(写真A,B)
3号墳前方部及び北側くびれ部で発掘調査が実施されました。調査の結果、前方部北角、前方部中央部で円筒埴輪の列が、くびれ部からは円筒埴輪の列と葺石が確認されています。
平成21年度からの調査
史跡整備に向けて、指定範囲の外で試掘調査を実施しています。ほかにも古墳があるのか、古墳に関連する遺跡があるのかについて確認調査をしています。

 

最初のトンネルは3号墳の前方部の下を通っていた。

その3号墳のA地点(くびれ部)で葺石と埴輪列が、B地点(前方部)で埴輪列が確認されている。

 

墳丘へ上がった時にはこの説明板の存在を知らなかった。

「六呂瀬山古墳群 仮入口」と書かれた、草で覆われそうな看板の脇を上がった。

 

少し上がって振り返ったところ。

 

その先は二手に分かれていたので、登りの道を進む。

 

山道だが歩きやすかった。

 

すぐに墳丘らしき斜面になる。裏返ったプラスチック板には「六呂瀬山古墳群」と記されていた。

 

最後の登り。

 

地表には葺石と思われる石が顔を出していた。

 

後円部墳頂らしき平坦面に出た。木の幹には「古墳を大切にしましょう」と書かれている。

 

墳頂から南側を見ると、前方後円墳のようだった。

(後でここが全長140mの1号墳であったとわかった)

 

端まで降りていって振り返ったところ。

 

そこから先の眺め。

 

九頭竜川を挟んだ先の山の上には松岡古墳群がある。

 

墳頂に戻って西側を見るとここにもスロープが。こちら側の方が斜度が急だったが、このときはどちら側が前方部なのか確信が持てなかった。

 

後で駐車場にあった説明板の絵を見て理解ができた。

最初のスロープが1号墳(右)の前方部で正しかった。上記写真のスロープは3号墳(左)の前方部に続く斜面だった。

 

実測図だとよりわかりやすい。1号墳の後円部頭上から登って前方部の端まで行き、再び後円部墳頂から左側を見ていたことになる。

 

1号墳後円部墳頂で東側を。この奥の下に造り出しと2号墳があったことになる。

 

1号墳の後円部に登る手前に3号墳へ向かう分岐があった。 

 

右は崖になっているので、すべらないように慎重に進む。

 

すぐに、1号墳の後円部墳頂から西側に見下ろした場所に出た。

 

そこから振り返った西側。3号墳(前方後円墳・全長85m)の前方部端から後円部方向を見ていたことになる。

 

さらに言えば、埴輪列の出たB地点あたりにいたことになる。

 

3号墳後円部墳頂にて。福井平野を見渡せる方向だが木々で眺望は遮られていた。

 

振り返って、3号墳後円部墳頂から前方部方向。

 

確信は持てないながらも、大きな墳丘を堪能して最初に石段を上ったところから左に向かうと砂利道がある。

 

そのまま下っていくと屋根が。

 

あずま屋と駐車場があった!

 

そこからの眺め。

 

ズームで。

 

駐車場へ出る手前には柵があった。柵を回りこんで振り返ると立入禁止の札が。

 

平野部と反対側、東の山々。

 

古墳の下のトンネルを戻った先の道端から。

 

ズームで。中央左奥に高いビルが立っているところが福井市の中心街のはず。

つづく。