墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

旧坂本小学校 東京都台東区下谷

下谷坂本富士を訪ねた折、周囲を少し散策した。

 

大正15年に竣工した旧坂本小学校。

 

 昨年参拝した、入谷鬼子母神の”隣の建物”

massneko.hatenablog.com

 

正門は言問通り側ではなく、東側の小道に面している。

 

鉄筋コンクリート造の三階建。

 

階段室や玄関のアーチが全体の印象を柔らかいものにしている。

 

この小学校は、関東大震災後に東京市が造った復興小学校のひとつ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E8%88%88%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1

1923年の大震災では195校あった東京市立小学校のうち3分の2が倒壊・焼失した。
東京市は復興事業として鉄筋コンクリート造の”復興小学校”を翌1924年から1935年にかけて117校建設した。設計規格は東京市臨時建設局が作成した統一規格によるが、外観デザインはそれぞれに独自のものとされており、町の顔として時代の意匠をまとった凝ったものが多いそうだが、現存するものは十数か所しかないようだ(上記のWikipediaより)

 

Wikipediaのリストで最も古い大正14年築の明石小学校は2010年に解体されており、一昨年見た九段小学校も一部の残して解体されている模様。

massneko.hatenablog.com

 

九段小学校と同じ大正15年築のこの校舎が、現時点で残っている復興小学校としては最も古いということか。

 

玄関先にあった大きな旧校章?

 

こちらの地域情報サイトに、室内写真を含めた詳細情報があった。

http://iriya-goto.com/archives/1258

残念ながらこの建物についても、今後は「既存校舎は解体し、公募による大学誘致」の方向となっているようだ。

 

銀座の泰明小学校(昭和4・1929年築)は現役で頑張っている。

massneko.hatenablog.com

 

 

正門前から左回りに巡ってみた。

 

半円の壁面に見事な「モジャ」

 

校庭入口。サッカー等で今も利用されているようだった。

 

周辺には魅力的な細道も。 

 

魅力的な建物も。

 

少し北、うぐいす通りにある、4店舗が入居する建物。

 

「千住院」脇の細道。

この付近で、あるイラストマップに煉瓦塀が描かれていたのを見たので行ってみたが、なくなってしまったようだった。