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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

稲荷塚古墳 狛江(岩戸・駒井地域)の文化財めぐり・その5

前々回のつづき。

須賀神社を後にして北へ向かう道の左手、畑の向こうに慶元寺の三重塔が見えた。

この場所に周囲の遺跡が示された案内図があったが撮りそびれてしまった。

 

塔のアップ。古都の雰囲気。

 

そのすぐ先の、宅地の間の公園に古墳があった。 

 

円墳の周囲に生け垣がある。結構高く育っているので道路側からは墳丘がほとんど見えない。

 

生け垣の上に手を伸ばして撮った墳丘。小さな祠が載っていた。

 

解説版があった。

世田谷区指定史跡(古墳)
所在地:世田谷区喜多見4-7
指定:昭和54年11月30日
この古墳は、直径約13m、高さ2.5mの円墳で、周囲に幅約2.5mの周溝がめぐっています。
埋葬施設は横穴式石室で、長さは6m、凝灰岩切石を積み上げて羽子板状につくられています。発掘調査は昭和34年と55年に行われ、石室内から圭頭大刀、直刀、鉄鏃、耳環、玉類、土師器、須恵器が出土しています。出土品は、昭和60年2月19日に区指定有形文化財(考古資料)に指定され、区立郷土資料館に展示されています。
古墳時代後期7世紀初めころの有力な族長墓と考えられています。
平成27年3月 世田谷区教育委員会

 

復元平面図(左が北)と、副葬品写真も。

 

現地での解説によれば、全長6mの横穴式石室は泥岩の切石を積み上げていて、床面は玄室には切石が、前室には小礫が敷き詰められてたとのこと。

 

墳丘上には石碑もあった。

 

こちらが墳丘の南面。この正面に石室が埋まっている。

 

反時計回りに一周してみた。「はいらないでください」の看板は効力が落ちているよう。

 

古墳公園には東側からも入れるようになっていた。

 

北東側から。

 

公園には木馬も二頭。子ども目線だと墳丘は見えないが探検の対象になっているのだろうか。

つづく。