墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

野田市郷土博物館 千葉県野田市野田

前々回のつづき。

こちらの郷土博物館がもともとの目的地だった。

 

醤油醸造家の茂木佐平次家があった場所で、旧宅は市民会館として利用されている。

 

房総の魅力500選の標柱があった。

博物館開館は昭和34年。「野田市民の文化活動が基盤となって生まれた、千葉県で初めての登録博物館」だそうだ。

 

通りに沿う壁は綺麗なサーモンピンク。

 

壁の外から見た博物館の建物。

 

 

博物館建物の設計は山田守 - Wikipedia

東京中央電信局をはじめとする電信・電話局や永代橋、聖橋、萬代橋日本武道館京都タワーなどを手がけた。

 

館内には山田守による青写真も展示されていた。建物のデザインは隣接する旧茂木佐平次邸の雰囲気に調和するよう「校倉造風」のデザインを起こしたとのこと。

 

入口階段の左には、箱式石棺が置かれていた。

 

茨城県常総市で出土したもの。

箱式石棺 茨城県常総市篠山字神子女(みこのめ)

この石棺は古墳時代末期頃、豪族の遺骸を収め古墳に埋められたものである。

板石を箱形に組み合わせているところから箱式石棺と言われ、底一部に5枚の板石を敷き、周囲には板石を9枚立て壁として、更に蓋石4枚で覆っている。

使用された石材は筑波山から切り出された雲母片岩で茨城県で多く使用されているが、野田付近ではこの石材を利用した石棺は発見されていない。渡辺善一氏寄贈

 

昇寛さんのサイトにも紹介されていた。常総市の神子埋古墳群は85基あり、多くの箱式石棺が検出されているそうだ。

検索結果: 神子埋古墳群は » 埼群古墳館

 

短辺側から。

 

箱式石棺の隣には醤油仕込樽の底板が置かれていた。

 

博物館入口はガラスの引き戸(手動)

ガラスに書かれたロゴが可愛らしかった。

 

1階は企画展、2階が常設展の展示。企画展は「張子人形の世界にようこそ」、市民の高梨東道氏のコレクションだった。

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吹き抜けのスペースの2階がぐるりと常設展示。テーマは「野田に生きた人々の生活と文化」で、18世紀から1950年代まで醤油醸造業が本格的になっていく時代を扱う。

「江戸時代」「醤油づくりの道具と明治時代」「企業城下町の誕生と樽づくり」「昭和期の農業と生活」の4つのコーナーにわかれている。

 

野田の街の位置。江戸川沿いにあるが東にも利根川がある。チーバ君の鼻の部分。

 

江戸末期~明治初期の醤油造りのジオラマ。

 

醤油樽に重しを載せるためのテコの先。木彫作品のようだった。 

 

鎌倉初期の薬師如来坐像。寄木造り、漆塗りで玉眼が入っている。昭和29年に野田仏教婦人会から寄贈されたものだが、奈良県からと伝わるもの。

 

考古資料は屋外の石棺のみだったが、醤油醸造の絵馬や押絵扁額、戦時中の資料など興味深い展示があった。

入館無料、火曜日が休館。

 

博物館見学後はすぐ隣の市民会館・旧茂木佐平次邸(国登録有形文化財)を見学した。

つづく。