墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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加瀬台4号墳・5号墳と動物園 夢見ヶ崎・加瀬台古墳群探訪その4 神奈川県川崎市幸区南加瀬

前回のつづき。

夢見ヶ崎の台地上には広場や動物園とお寺や神社、そして古墳が集まっている。

こちらは了源寺の本堂。

 

本堂の裏手に土盛りがあった。

 

入れるのか入れないのか微妙な道。 

 

公園にあった案内図によると本堂裏の庭園の築山のようになっているこちら(左側)が、加瀬台4号墳。なかなかきれいに墳丘が残っていた。

 

 

元に戻って北西に進むと、もう動物園の中に入っていた。

お昼寝中のレッサーパンダ。

 

止まったままのフラミンゴ。

 

ペンギンたちは動きは活発だった。

 

ペンギン舎の隣には熊野神社。

 

その境内の奥に土盛りがあった。

 

正面にまわると石段がある。

 

祠の手前には溶岩が置かれていた。

頂上には浅間神社、そしてここが現地案内図によれば加瀬台5号墳の墳頂になる。

 

富士山を祀る石碑もあった。

 

石碑は文化元年(1804)、200年以上前のもの。

 

石段を振り向くと鹿の檻。

 

ちょうど食事タイムが始まった。

 

シマウマも。オートフォーカスだと柵のほうにピントが動いてしまう(と言い訳)

 

ラマも。川崎市:園内マップ

 

おそらくこのラマ舎のあたりが6号墳の跡地ではないかと思われる。

古墳跡が動物園の檻の中になっているのは”レア”なのではないか。

 

なお、古墳の番号は現地の古墳群案内図(下図)に従ったが、川崎市教育委員会のサイトにあった日本大学による発掘調査資料によると、上記の檻の中の消滅した古墳のほうが5号墳で、浅間神社が鎮座する場所は平安時代の経塚とされている。 

 つづく。