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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

西殿塚古墳(手白香皇女衾田陵) 奈良県天理市中山町

前回のつづき。

中山大塚古墳から丘陵を上って来て最上部の古墳群に来た。さらに先は龍王山になる。

 

全長230mの大きな墳丘を持つ西殿塚古墳は、手白香皇女(たしらかのひめみこ:継体天皇の皇后)の衾田陵(ふすまだのみささぎ)として宮内庁の治定を受けている。

が、墳丘の形や埴輪から築造時期は3世紀後半と見られていて継体天皇の時期とは整合せず、箸墓古墳(全長278m)に後続するヤマトの王墓という見方がある。

西殿塚古墳 - Wikipediaでは、卑弥呼に続く台与の説も紹介されている。崇神天皇陵はこちらの方との解釈もある、ともあった。

まずは参拝。こちらも白砂はきれいに掃き清められていた。

この季節でも木立はこの繁り様なので中の形は窺い知れないが、墳頂の周囲に埴輪の列を巡らせたのはこの古墳が最初となるらしい。

 

見慣れてきた宮内庁の立て札。

 

柿の落ち葉を焼く煙が漂っていた。

 

写真入りの詳細な解説板があった。

大和古墳群では中山大塚古墳より後になると講義でうかがったが、西殿塚~東殿塚と3世紀後半に連続的に築造されたと考えられているそうだ。

西殿塚古墳・東殿塚古墳

西殿塚古墳・東殿塚古墳は大和古墳群のなかで最も高いところに位置する前方後円墳で、ともに前方部を南に向けて築かれています。これら2基の古墳が築かれた丘陵の尾根上には、中山大塚古墳・燈籠山古墳などの前方後円墳が連なるように立地し、大和古墳群中山支群と呼ばれています。

西殿塚古墳は全長約230m、後円部径145m、前方部130mを測ります。墳丘は東側で三段、西側で四段の段築により形成されており、後円部および前方部の墳頂に方形壇が存在します。

現在、墳丘部分については「手白香皇女衾田陵」として宮内庁により管理されています。平成元年(1989)には宮内庁書陵部により墳丘の調査が実施され、墳丘の各所から特殊器台形土器や特殊器台形埴輪・特殊壺形埴輪などの遺物が採集されています。

また、平成5年(1993)~平成7年(1995)には天理市教育委員会により墳丘周辺の範囲確認調査がおこなわれ、墳丘東側くびれ部と前方部東掘において墳丘斜面の基底石と掘割(周濠相当の落ち込み)が存在することが確認されました。この調査の際にも、有段口縁が特徴の特殊円筒埴輪など多量の初期埴輪が出土しました。

東殿塚古墳は全長139m、後円部径65m、前方部幅49mを測り、周囲には古墳の外側を区画する長方形の地割が残っています。後円部墳頂には多量の板石が散乱していることから、埋葬施設は竪穴式石室であると推定されています。

平成9年(1997)に天理市教育委員会が前方部四隅で実施した発掘調査では、墳丘上段裾の葺石、掘割(周濠相当の落ち込み)と外堤を検出するなど、多くの新たな知見が得られました。とくに、墳丘裾と外堤の間の掘割内でみつかった祭祀施設では、初期埴輪と二重口縁壺や甕、高杯などの布留式土器、さらに近江系や山陰系など外来系土器との共存が確認され、初期埴輪の年代的な位置づけと古墳の築造時期を考える上で非常に重要な資料が得られました。

埴輪配列を構成した初期の円筒埴輪には、朝顔形埴輪・鰭付円筒埴輪・鰭付楕円筒埴輪・特殊器台形埴輪などがあります。そのなかでも鰭付円筒埴輪の1点には船をモチーフとして描かれた線刻絵画があり、当時の葬送観念を反映するものと考えられる重要な発見として知られています。

これら2基の築造時期については、これまでの発掘調査等で出土した初期埴輪からみて、特殊器台形埴輪を主体とする西殿塚古墳が先行し、次に朝顔形埴輪・円筒埴輪・鰭付楕円筒埴輪が出現する東殿塚古墳が築造されたものとみられます。しかし、出土遺物が示すそれぞれの古墳の時期に大きな隔たりはなく、埴輪の出現から成立期(3世紀後半)に連続的に築造されたものと考えられています。平成22年(2010)年3月 天理市教育委員会

 

西殿塚古墳の山側に東殿塚古墳が並行する。正面の竹やぶが前方部先端。

全長は前者の230mに対し後者は139mで、ほぼ6割の大きさ。

 

上記のズーム。今回は遠望したのみ。こちらは前方後円墳(全長139m)の墳丘が、長方形に近い基壇(全長175m)の上に乗る。

 

中心軸が斜面に直交している。下からの視点では大きく見えることになる。

が、西殿塚の次に造った東殿塚は下からは見えないことになる。

 

レーザー測量により、西殿塚の前方部・後円部それぞれの上には方形檀があることがわかっているそうだ。

 

西殿塚を満喫して丘を下る。来るときに見た火矢塚古墳の形状がわかった(畑の先、左が前方部、右が後円部)

 

右奥は中山大塚古墳。

 

そこで振り返ると大きな西殿塚古墳

 

柿の園の中の道を進む。実りの秋、紅葉の時期は見事ではないか。

 

こちらも上りで見た燈籠山古墳。後円部裾から前方部方向。

 

行きの道を分かれて坂を下る。

 

振り返ると龍王山。

柿は初夏に、木の葉の緑に埋もれるように小さな白い花をつけるようだ。

 

丘の先、左が燈籠山古墳、右が西殿塚古墳

 

中山大塚古墳の脇の小道を下っていく。

 

下りきって振り返って。左が中山大塚、中央やや左が燈籠山、右が西殿塚。

 

山の辺の道でもあるこのあたりが、散策としては一番気持ちよかった。

 

パノラマで。

 

思わず入ってみたくなる横道も。

 

おいしそうな(?)菜の花。後ろは龍王山。

そのまま天理市トレイルセンターまで歩いて小休憩となった。

トレイルセンター 青垣/天理市ホームページ

つづく。