墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

電通築地ビル 東京都中央区

中央区築地の一角にも”一時的廃虚”となったビル群がある。 

電通築地ビル 1967年竣工 地上13階(+塔屋2階)
  設計:丹下健三、都市建築設計研究所

1967年~2002年まで電通の本社だった。

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2002年に本社が汐留に移転し、その後は電通テックが入居していたが2014年に新橋(内幸町)の新幸橋ビルへ移った。

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下記の日刊建設工業新聞によれば、2014年12月に住友不動産が周辺3棟(電通築地第2ビル、電通築地第3ビル、電通恒産第2ビル)と合わせて取得。総敷地面積は6,536㎡。

目の前の首都高は今後大規模更新の予定があり、国交省が高速上空に人工地盤をつくって上部空間を敷地化し、新たに発生する容積を周辺の開発計画に上積みする構想を打ち出しているそうだ。

日刊建設工業新聞 » 住友不/東京・築地でビル4棟取得/電通築地ビルなど、将来的に一体開発か

 

街の風景は大きく変わってしまうことが予想される。

上記の記事が書かれた時点(2015/1/13)では、住友不動産による今後の計画や暫定的な活用方法なども未定とのことだったが、近いうちに囲われて解体されることだろう。

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別の日の夕方の写真。剥がした文字跡がくっきり見えた。 

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そろそろ、この丹下作品の見納めなのではないでしょうか。

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横桁が飛び出た側面。そのまま別の建物を連結していけそうな造り。

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車寄せにも入れるようになっていた(写真は2015/1時点)

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波打つ天井が印象的。

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定礎と、丸い何かがあった跡。

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かつては銀座電通と、2014年までは電通汐留ビルとを往復していたバス停。

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このボックスは何かに使えるのではないか。

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東側の入口。こちら側は中の電気がついてる箇所があった。

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東側入口横のスペース。かつてはソファや「耳:三木富雄 作」があった。

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使われなくなったタクシー乗り場。

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角にはオブジェが置かれたままだった。

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ビルの施工は大林組だったようで、会社のサイトの「実績の紹介」に記載がありました。


 余談ですが大林組のHPは、「建築家・丹下健三」「昭和の名建築」といった歴史モノや、「プロジェクト最前線」とか技術解説モノも充実していて見ごたえがありました。

大阪には大林組歴史館もあるそうなので何かの機会に訪れてみたいです。

所在・案内図|大林組歴史館


 

電通築地ビルですが、中央区のHPにも紹介されていました。

電通テック本社ビル(旧電通本社ビル) 中央区ホームページ

 

かつて首都高を夜中に通ると、このビルにはいつも明かりが点いていたように思います。昭和の時代です。

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丹下健三の作品を挙げていけば「きりがなく」なりますが、Wikipediaの「業績」欄には下記7点が記されていました。

広島平和記念公園香川県庁舎、東京カテドラル聖マリア大聖堂代々木第一体育館、山梨文化会館、静岡新聞静岡放送本社ビル、東京都庁

 

東京カテドラルには、昨秋訪れました。

 

こちらは現存しない丹下作品「赤坂プリンス跡」