墳丘からの眺め

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「青のパティニール 最初の風景画家」 石川美子著

素晴らしい本でした。

青のパティニール 最初の風景画家

青のパティニール 最初の風景画家

 

 

以下が表4に記された内容紹介。

16世紀初めのネーデルランドの画家パティニール。残された作品の数は10点あまり、生涯についてもほとんどわからない。

しかし一度でもその絵を見た者は、驚くほど精緻な細部から目がはなせなくなり、絵のなかに流れる時間に心をうばわれる。そして何よりも青のグラデーションの美しさに見とれてしまう。著者もまたパティニールの作品に魅了され、各地の美術館をたずね、彼の絵を好んだ人たちの暖かな言葉を捜して、言葉を紡がずにいられなかった。

聖書や聖人伝などをモチーフにしながらたんなる背景という役割を越えて遠く広がる青い風景。ヨーロッパにおいて「風景」という概念が、絵画にそして言葉と文学にあらわれてゆくことをみごとにとらえた、絵画と文学のハイブリッドな本である。時の流れを越えて残り、歴史の闇から浮かび上がった、パティニールの絵のきわめて独特な世界を伝える研究エッセー。

ジョアキム・パティニールは、ベルギー南部のディナンで1480~85に生まれ、1515年にアントウェルペン(アントワープ)の画家組合に親方として登録され、1524年に亡くなっています。

著者によれば、「風景も人物もすべてパティニールの手で描かれたと思われる作品」は世界に6点、「風景の完成度は高いが、共同制作者の手が入っている作品」が5点、「美しい風景が見られるが、やや問題があり、工房作と思われる作品」が5点しか残っていないそうです。(本書46~48頁)

 

石川美子氏は明治学院大教授で、京大、東大を経てパリ第Ⅶ大学で博士号を取られた方。フランス文学専攻。

 

本書では著者自身が、どのようにパティニールの作品に惹かれていったかが、一つひとつの作品の中への旅のように丁寧に書かれています。

画中に、一見想像の産物のように描かれている川や岩山、木も、現地を訪ねることによって、地平線が高い位置で見渡せる実際に見えた風景のなかにあったことを確認されていて、非常に興味深かったです。

 

ヒエロニムス・ボス、レオナルド・ダ・ビンチやデューラーと同時代(デューラーはパティニールに会って肖像も描いている)、そしてブリューゲルに先行するパティニールは、「色彩遠近法(遠くを寒色系、近くを暖色系で描く)」によって「青」を巧みに使い、見るものを画面の奥へ奥へと誘う魅力的な「風景画」を残しています。

著者あとがきによれば、「すでに十五世紀前半から、フランドルの絵画やミニチュアールにおいては風景表現が見られたが、『風景』の概念が意識化されるのは1480年代ごろのことであった。ついで1540年ごろに『風景画』を意味するフランス語が生まれ、それがただちにヨーロッパじゅうに伝わった。16世紀末ごろから文学作品における風景描写が見られはじめたが、『風景画』という言葉が一般的な『風景』の意味をもつようになるのは17世紀後半になってからだった」とのこと。

 

推理小説のような筆致によるものなのかパティニールの絵の魅力によるものなのかが判然としないまま、ぐいぐい引き込まれて一気に最後まで読ませていただきました。

 

本書には美しいカラー図版が 豊富に掲載されていますが、美術館のウェブサイトで見られる作品もあるとのことで、以下に転載しました。作品の魅力は細部に宿っているので、サイトにアクセスして拡大で見ることをお勧めします。

(下記の8点は、先に記載の第一、第二グループに属する名品。タイトル、サイズは上記著書より)

・プラド美術館(4点)

「ステュクス川を渡るカロン」(64×103cm)

Museo Nacional del Prado: On-line gallery

 

 

「 聖ヒエロニムスのいる風景」(74×91cm)

Museo Nacional del Prado: On-line gallery

 

 

「エジプトへの逃避途上の休息のある風景」(121×177cm)

Museo Nacional del Prado: On-line gallery

 

「聖アントニウスの誘惑のある風景」(155×173cm)

Museo Nacional del Prado: On-line gallery

 

・メトロポリタン美術館

「聖ヒエロニムスの悔悛、キリストの洗礼、聖アントニウスの誘惑のある三連画」(120.8×81.9cm)

Joachim Patinir | The Penitence of Saint Jerome | The Metropolitan Museum of Art

The Penitence of Saint Jerome

 
・アントウェルペン王立美術館 

「エジプトへの逃避のある風景」(18.3×22.4cm)

Landscape with the Flight into Egypt - KMSKA(部分)

Landscape with the Flight into Egypt (click to enlarge; use the escape key to close the window)

 

・ルーブル美術館

 「荒野の聖ヒエロニムス」(76.5×137cm)

《砂漠の聖ヒエロニムス》 | ルーヴル美術館 | パリ

 

 ・ウィーン美術史美術館

「キリスト洗礼のある風景」(60.1×76.8cm)

Kunsthistorisches Museum: Selected masterpieces

→Netherlands 15th~16th Centuries の4段目中央 

 

WEB上で画像を検索していたら、なんと今年の秋にBunkamuraで下記の展示があると知りました。まさかパティニールは含まれていないでしょうが(あったら「目玉」でしょう)、楽しみに待ちたいと思います。