墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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中通古墳群(その4・勝負塚古墳、小嵐山) 熊本県阿蘇市一の宮町中通

前回の車塚1号墳から北に見えていた勝負塚古墳。

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直径59mの大きな円墳です。

裾では、現代のお墓の設置(改修?)の工事が進行中でした。

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墳頂には古そうな石塔が。

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お地蔵さまも。

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墳頂から南側。中央に車塚1号墳、左に入道塚古墳。

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西には川を隔てて長目塚古墳(左、その右肩に上鞍掛2号墳)と上鞍掛1号墳(右)

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北側には小嵐山(しょうらんざん)

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古墳前の道を北に向かうと階段が。

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階段下に説明板。

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小嵐山周辺MAP
「小嵐山」は、京都の嵐山に山の姿が似ているところから名付けられました。小嵐山の石段を登り上から眺めると、正面に阿蘇五岳、眼下にカルデラ内の水田や畑とい美しい風景を一望できます。
その田畑の中に点在しているのが「中通古墳群」です。古代の阿蘇を治めた「阿蘇氏」が葬られていると伝えられています。
また、ここから南へ3㎞程の所には、阿蘇の開拓神を祀った「阿蘇神社」があり、北東へ3㎞程の所には、阿蘇神社の北宮にあたる「国造神社」が鎮座しています。

 

雨中でしたが、良い眺めでした。

左端に長目塚古墳、中央の木の枝の背後に上鞍掛1号墳。

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右端に長目塚古墳、左に勝負塚古墳、中央奥に車塚1号墳。

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中通古墳群全体の説明板も。

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中通古墳群
県指定史跡(昭和34年12月8日指定)
中通古墳群は熊本県の代表的な古墳群で、現在は2基の前方後円墳と8基の円墳の計10基が点在しています。
県内最大級の前方後円墳である長目塚古墳は、度重なる水害の対策として実施された河川改修工事に伴って、昭和24年(1949)に前方部の発掘調査が行われました。調査の結果、石室内から人骨の一部と多くの副葬品が発見され、墳丘からは埴輪片や須恵器片、土師器片が出土し、その特徴から5世紀初め頃に築造されたと考えられています。これらの出土品は、平成31年3月26日に熊本県重要文化財に指定されました。
この古墳群は、日本書紀などに「阿蘇縣主」や「阿蘇国造」として登場する、阿蘇地域を支配していた阿蘇君の一族の墓と考えられています。
令和元年12月 阿蘇市教育委員会

 

写真部分のアップ。”大観峰”と同様に、晴れていたら仰向けに横たわった観音様が拝めます。さらにここでは古墳群も!

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別の説明板も。長目塚古墳では前方部から成人女性を埋葬した竪穴式石室が発見されていたのですね。

熊本県指定史跡
中通古墳群
昭和34年12月8日指定
阿蘇郡最大の古墳群で、勝負塚、車塚(A・B)、入道塚、銭亀塚、ウバガ塚、上鞍掛(B)、鞍掛塚(A・B)の9基の円墳と上鞍掛(A)、長目塚の2基の前方後円墳からなる。
昭和25年の河川改修に伴い、長目塚古墳の前方部が発掘調査され、安山岩の割石を小口積みにした竪穴式石室が発見された。石室内からは成人女性の歯の他、鏡、刀、刀子、勾玉、管玉等が出土した。
古墳群は5世紀~6世紀のもので、古代阿蘇君の一族の墓であると推定されている。

 

2021年11月訪問