墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

牟佐大塚古墳 岡山県岡山市北区牟佐

備前車塚古墳の見学後は龍ノ口山の北側へ回って、旭川左岸に立地する牟佐大塚古墳を訪ねた。最寄り駅は津山線・玉柏で徒歩23分。

 

県道からの枝道をちょっと入ると幟旗のある墳丘が。

 

旗には、日本遺産「桃太郎伝説の生まれたまち おかやま」~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~、と書かれていた。

 

現地の説明板。牟佐大塚古墳は”県下最大石墳”のひとつ。

国指定史跡 牟佐大塚古墳
昭和5年2月28日指定
牟佐大塚古墳は、県下三大巨石墳(総社市こうもり塚・倉敷市箭田大塚)の一つに数えられています。墳丘の規模は直径約30m、高さ約8.5m。南側には横穴式石室の羨道部が開口しており、石室内に入ることが出来ます。石室は花崗岩の巨石を用いた両袖式。羨道が玄室の約2倍の長さがあり、入口に向かってやや開く形状に特徴がみられます。石室の全長18m、玄室の長さ6m、幅2.8m、高さ3.2m、羨道の長さ12m。全国でも十指にはいる規模の石室です。
玄室内に復元長2.88m、幅1.6m、高さ1.5mの刳抜式家形石棺(貝殻凝灰岩製)が安置されています。40数km離れた井原市浪形山から運ばれた石材です。これら石室の構造や石棺などの特徴から、6世紀末に築かれた古墳と推定されています。
この古墳は、赤磐市と岡山平野、美作とをつなぐ交通の要衝に築造されてるため、当地域の交通権を掌握し、広範な政治的まとまりを確立した有力者(国造層)の葬られている墓と考えられます。昭和5年(1930)国の史跡に指定されました。
平成21年3月 岡山市教育委員会

 

南側に大きな開口部。

 

奥が深すぎて見えない。 

 

「見学の際にヒカリゴケを踏まないで」 、と入口に注意書き。

牟佐大塚古墳の見学者の皆様へ
石室の入口(羨道部)付近の水たまりにヒカリモが生息しています。
踏まないように気を付けて見学してください。
なお、ヒカリモの見頃は梅雨明けから9月初旬くらいです。岡山市教育委員会

 

12mもある羨道を、踏み石を伝って進む。

 

土の上に足跡が(怒!)

 

石棺の短辺側には大きな穴。

 

懐中電灯で中を。

 

フラッシュで。作りは非常に精巧。

 

玄室内に自然光が届いていた。

 

フラッシュで。

 

奥壁は見事な一枚岩。表面には水が伝った模様が。

 

奥壁前から振り返って。

 

家形の痕跡が残る石棺の蓋。運び込むのも大変だっただろう。

 

奥壁側の短辺。

 

玄室内の側壁。石同士が接するところがしっかり組み合わさるように丁寧に加工されていた。

 

羨道を玄室側から。

 

フラッシュで。

 

巨石に圧倒される。

 

外へ出て振り返って。

 

踏み跡があったので墳丘に上がらせていただいた。

 

墳頂の様子。

 

墳頂から南西方向。中央に旭川に架かる橋が写っている。

 

西南西方向には笠井山。その先にある吉備津神社までは13km。

 

北西側、古墳の裏山。

 

南東方向。民家の先に県道27号・東岡山御津線。この道を3km北西に進むと両宮山古墳がある。

 

南正面には龍ノ口山。山の向こう側には備前車塚古墳。

 眺めも素敵な墳丘でした。