墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

備前車塚古墳 岡山県岡山市中区四御神(しのごぜ)

唐人塚古墳見学後は、同じく龍ノ口山の南面にある備前車塚古墳を訪ねた。

地図を見ると東に車で5分、徒歩だと25分程。 最寄り駅の東岡山から歩くと30分強の距離。

 

地図の指示に従って進むと、山裾の団地の突き当りに。

 

階段を上がって振り返って。

 

階段上の公園の土盛りを見て、もしやと思ったがそれではなく。グーグルマップが示す点線の先はフェンスになっていて先へ進めなかった(よくあることです)

奥の広場では少年たちがバスケの練習中。

 

東の方へ進んでいくと地元町内会による解説板があり、備前車塚古墳が古墳時代初期(4世紀初頭)の前方後方墳で、三角縁神獣鏡が13面も出ていることを知った。

立地が山の上であることも。

四御神憩いの場所
車塚古墳の由来(古墳はこの看板の裏山の頂上にあります)
この古墳は、刀剣などと共に「三角縁神獣鏡」等が12種13面(東京国立博物館蔵)出土して、人々を驚かせたのであるが、特に次の3つの点で県は勿論、日本の重要な文化財とされている。
1、この古墳は、弥生時代の首長の墓が、楯築遺跡のように一族の墓と同じところに作られているのに対し、自分の支配する地域を見渡せる山の上に墓がつくられており、クニの発生を物語っている。
2、その墓の形は、全長48.3m、竪穴式石室をもつ(横に穴が開いているのは盗掘の跡)前方後円墳で、奈良の箸墓古墳と同じく前が「ばち」型に開き、初期古墳(4世紀初め)の特徴を示している。(岡山市史古代)
3、此処から出土した三角縁神獣鏡と同じような鏡が、畿内の椿井大塚山古墳、その他各地の古墳からも大量に発見されており、卑弥呼が魏の皇帝からもらった鏡100枚を大和の政権が地方の豪族と友好関係を結ぶために各地に分け与えたのではないかとされ、ここ車塚古墳出土の鏡もそれに当たると考えられる。
(備考)奈良で最も古いと言われている箸墓古墳には吉備の特殊器台埴輪が発見されており、三角縁神獣鏡とあわせて、大和と吉備の関係の親密さを物語っている。この古墳が出来た頃、古事記にいう「言向け和す」、即ち話し合いで大和と吉備の結びつきが出来たと見ることができよう。
竜之口学区連合町内会

 

「この看板の裏山の頂上」を仰ぎ見る。

 

解説板の北側で、道は三つに枝分かれ。

 

マップ上の位置からすると堰堤を行くようだった。

 

少々草むしていたが。

 

堰堤から北側。

 

渡った先に「備前車塚古墳」のサインがあったが、ここからが登山道となっていた。

 

道は整備されているが、なかなかの急登。脇の斜面に大きな岩がある場所も。

 

自然の岩にも、横穴開口部にも見えたが、急斜面だったので遠目だけに。

 

ベンチもあったがまだ続く上り。

 

道が草に隠れ気味に。

 

20分くらい登り続けて、やっと現地説明板が。

 

説明板も時を経ている。

備前車塚古墳
史跡(岡山市四御神)
横穴式前方バチ型後方墳
全長48.3m、後方部26.5m、前方部21.8m
全周上下二段の葺石を巡らす後方部背後に箱式石棺あり
発掘者 理科大学鎌木研究室、岡山大学考古学研究室
古墳は4世紀始めのもので吉備地方では一番古く三角縁神獣鏡など13面(東京国立博物館蔵)が出土したので有名となった。被葬者は古事記にある「吉備上道臣之祖」大吉備津日子命とされている(岡山市史古代編)

 

その先の林の中に墳丘が。前方後方墳の後方部を、裾から見上げている。 

 

墳頂の様子。

 

墳頂からの眺め。東方向(多分)

 

後方部墳頂から前方部方向。

東西方向を長軸とし、後方部を東に向けている。

 

くびれ部あたりから見上げる後方部。

 

前方部墳頂あたり。

 

草が繁っていて形はつかめず。

 

笹をかきわけ前方部裾に降りて、右側のくびれ部(または前方部右裾。記憶が…)

 

前方部左裾。

 

前方部を先端側から見上げて。

 

前方部墳丘の左側面(北側)

 

笹の中のあちこちに、葺石らしき拳大の石が。

 

左側くびれ部のあたり。墳丘を認識できるポイントだった。

 

くびれ部に残る葺石。

 

後方部の左上隅あたり。

 

眺望は得られなかったが、説明板の前あたりの樹々の隙間から。

後で地理院地図を見ると標高は130m程。団地は同20mなので比高差110m。

 

下りつつ撮った一枚。ぶれました。

 

下山して、堰堤から南方向。ここから300mほど南東に大神神社があるが、そのすぐ南に「純正雄町米特産之地碑」があったことを地図で知った。

雄町は、山田錦、五百万石と並ぶ日本酒のブランド酒米

http://home.oy.zennoh.or.jp/tokusan/rice/omachi/index.html

 

雄町の田(?)から、備前車塚古墳のある尾根頂上を見上げて。(右奥は龍ノ口山)

 

岡山市サイトにての備前車塚古墳の解説は、前方部が三味線のバチ形に開く最古形式の前方後方墳であることや、葺石があるが埴輪を持たないこと、埋葬部の竪穴式石室は南北軸で長さ5.9m・幅1.2m・高さ約1.5mであること、出土した鏡は三角縁神獣鏡11面・内行花文鏡1面・画文帯神獣鏡1面で、鉄刀などの鉄器も副葬されていたこと等も書かれていた。 

http://www.city.okayama.jp/museum/kofun1/05.html

 

こちらは上野の東京国立博物館・考古室の鏡のコーナー。

 

左上の1番、右上の4番、中央下の6番がいずれも備前車塚古墳出土の三角縁神獣鏡のレプリカだった。

1:三角縁二神六獣鏡 4:三角縁獣文帯五神四獣鏡 6:三角縁陳氏作四神二獣鏡

原品 岡山市 備前車山古墳出土 古墳時代3~4世紀