墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

西福寺古墳 神奈川県川崎市高津区梶ヶ谷

前回のつづき。

杉山神社から一旦丘を降りて、再び上がった住宅街の中に、古墳を擁する公園があった。 

 

西福寺古墳は神奈川県指定史跡。 直径35mを測る円墳。

 

墳丘を西側から。

 

そこに説明板があった。

西福寺古墳(さいふくじこふん)
西福寺古墳は、矢上川左岸に築かれた高塚古墳群の中にあって、規模が大きく、保存状態も極めて良好です。
昭和57年(1982)、古墳の景観整備の一環で行われた発掘調査の結果、この古墳が築かれたのは、6世紀中頃から後半と考えられ、直径約35m、高さ約5.5mの円墳で、墳丘の周囲には幅6~7.5m、深さ約80cmの溝(コンクリートブロックで舗装されている部分)がめぐらされていたことがわかりました。
また、出土した埴輪の中には、水鳥を模した埴輪の頭部も発見されています。
現在の西福寺古墳は、その成果に基づいて復元・整備をされたもので、昭和55年(1980)9月16日、神奈川県史跡に指定されています。
平成11年(1999)3月 川崎市教育委員会
古墳の保護のため、植え込みの中に入らないようにお願いします。

 

川崎市のサイトにはさらに詳しい情報がある。

上記の調査時に出土した埴輪は円筒埴輪が圧倒的に多く、断面が「コ」の字状にしっかり突出したタガが巻かれていたとのこと。
調査報告では、墳丘南側の窪みの下に崩壊した横穴式石室があると推測されたが、それは倒木等による凹みであり主体部は竪穴系の可能性もあって、築造時期は埴輪の年代から5世紀後葉から6世紀初頭と考えられるそうだ。

http://www.city.kawasaki.jp/880/page/0000001020.html

 

説明板には「植え込みには入らないで」とあるが、現状は「道」が形成されていた。

実際に立入禁止とするのであれば、現場にサインがないと伝わらないのでは。

 

公園北側の道。

 

西側の道から見上げた墳丘。

 

住宅地の坂を降りて振り返った墳丘(中央奥)