墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

岩谷山第1号墳 吉良歴史民俗資料館 愛知県西尾市吉良町白浜新田前宮前

前回のつづき。

名鉄西尾線の桜井駅から蒲郡に向かって8駅目、吉良吉田駅で下車し、まずはタクシーで吉良歴史民俗資料館へ向かった。意外と距離があって千円超。

 

資料館建物の前には移築古墳があった。

 

岩谷山(いわだにやま)1号墳。

岩谷山第1号墳
この古墳は吉良地区の北、岡山丘陵の西端にありましたが、土取工事のため破壊されることになり、当地に移築されました。墳丘は直径14mの円墳とされ、内部からは金銅製太刀、金環(耳輪)、須恵器などが出土しました。
このような横穴式古墳は古墳時代後期に一般化し、吉良地区でも丘陵上に多数の小円墳が築かれました。この古墳は7世紀のものとしては大規模なものです。
(昭和53年10月に西尾市丸辰興業中西賢一氏のご尽力によりこの地に移築されました)

 

大きな石が積まれていた。 中には入れない。

 

迫力の天井石。

 

開口部を横から。

 

背面から。

 

吉良歴史民俗資料館は西尾市塩田体験館「吉良饗庭塩(あいばじお)の里」との合同施設となっていて、資料館は無料だが、500円で塩田体験(要予約)、200円で塩焼き体験ができるようになっていた。古墳の隣に屋外の塩田体験施設がある。

http://www.aibajio.jp/

西尾市のサイトによれば、三河湾沿岸にあり江戸時代から製塩が盛んだった吉良の塩は、にがり分が少なく良質な饗庭塩(あいばじお)として有名だったそうで、地元三河だけでなく足助を経由して中馬街道を経て信州伊那谷方面まで運ばれ、岡崎の八丁味噌の原料や知多のたまり製造にも使われていたとのこと。

https://www.city.nishio.aichi.jp/index.cfm/8,44722,94,530,html 

 

 

資料館内の展示は、考古資料、製塩関係資料、そして吉良氏(あの、吉良上野介義央)関係資料の3本柱となっていた。

 

一番目を惹いたのは「円筒棺」

 

全長193cm、内径で45cmあって両端に蓋が付いている。

円筒棺
埴輪の製法を用いて、埋葬専用に作られた土製の棺です。筒状の本体の両端をふたでおおっています。古墳の埋葬施設としては珍しいもので、近畿地方を中心に20例ほどしか出土していません。円筒棺の中からは、被葬者が身につけていたとみられる勾玉・管玉と鉄刀2本が出土しています。棺の外側にも、鉄鏃・鎌・斧など豊富な鉄製品が副葬されていました。
全長193cm 棺本体長154cm 内径約45cm 厚さ約2cm

 

岩場古墳からは甲冑形埴輪や蓋形埴輪などの形象埴輪の破片も出ている。

 

その円筒棺が出土した岩場古墳のジオラマ。資料館から2.5kmほど北、勝楽寺の東側境内山林の頂にあるようだが立ち入りできないそうだ。

岩場古墳 県指定史跡
墳長37mほどの帆立貝形前方後円墳とみられます。昭和25・26年にあいついて埴輪棺・円筒棺が地元の中学生によって発見され、調査が行われました。特に、円筒棺からは、豊富な鉄製品が出土しました。また、墳丘には円筒埴輪が巡っており、墳丘上からは、甲冑・衣笠・家などをかたどった形象埴輪が見つかっています。全長91mと西三河最大の正法寺古墳のあとに続く、5世紀中ころの有力者の墓と考えられます。
(古墳は私有地であり、立ち入りできません) 

 

全長91mの正法寺古墳は、資料館の北500mに現存する。その復元ジオラマも資料館にあった。

 

外に移築された岩谷山1号墳の出土物は「整理中」

 

横須賀駅に近い若宮1号墳(円墳・直径30m・4世紀末~5世紀初)から出土した獣形鏡など。

 

駮馬炭焼(まだらめすみやき)古墳(円墳・直径7m・7世紀前半)からは、銀象嵌が施された大刀が出土。

 

しっかり残ってる。

 

吉良町の北部の丘陵上で発掘された大規模集落跡・中根山遺跡の展示。弥生時代後期にあったは環濠は古墳時代には埋められて、古墳時代中期まで継続的に集落が営まれている。

 

「吉良さんコーナー」には松の廊下の模型も。地元は吉良さんの味方。

塩田体験館のサイトには「忠臣蔵塩田原因説」も(疑問符付きの雰囲気で)紹介されていて興味深い。

http://www.aibajio.jp/ZlSgnK

 

周辺の塩田の分布地図。 

 

知多半島三河湾沿岸部、三河湾三島では古墳時代初頭から製塩が営まれ、製塩土器はそのまま内陸にも運ばれたようだ。

 

見学後、移築古墳脇の小道の先のトンネルを抜けると、プレジャーボートの係留所があった。