墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

大堺3号墳・1号墳(金崎古墳群) 埼玉県秩父郡皆野町金崎

前回のつづき。

金崎古墳群の大堺1・3号墳は、2号墳の南70mほどにある。

3号墳の説明板の地図(左上が北)

 

グーグルマップ上にはピンは無く、「さいたま古墳めぐり」の本の絵地図をいろいろな角度で手にしながら墳丘を探していると、畑の向こうに発見。

 

大堺3号墳。畦道を伝ってアプローチ。標柱と説明板がある。

 

その説明板。

埼玉県指定史跡 金崎(かなさき)古墳群
昭和51年3月30日指定
金崎古墳群は、荒川左岸の河岸段丘上にある群集墳で、かつては8基以上の円墳があったといわれている。しかし現在、墳丘や主体部が保存されているのは、字大堺(おおざかい)にある大堺1号墳・2号墳・3号墳と字岩下にある天神塚古墳の4基である。
これらの古墳は、いずれも墳丘の形がくずれており、大堺1号墳を除いて石室が開口している。開口している3基はいずれも横穴式石室で、秩父地方に特徴的な長瀞系変成岩の板岩や割石を使用した、たくみな技術で積み上げられており、古代における技術水準の高さをうかがうことができる。石室の平面形は、大堺2号墳・3号墳は胴張形、天神塚古墳は短冊形である。
天神塚古墳からは、円筒埴輪の破片、大堺3号墳からは、土師器や須恵器が発見されている。これらの遺物と石室の形態から、天神塚古墳が6世紀後半、大堺3号墳が7世紀初頭の築造と考えられる。
・平成19年度 金崎古墳大堺3号墳緊急保存対策工事実施
平成20年3月31日 埼玉県教育委員会 皆野町教育委員会

 

近づくと、石室開口部があった(左下) 

 

もう一枚の説明板。

金崎古墳群は、荒川左岸段丘上に位置する古墳時代後期の群集墳で、大字金崎字大堺に3基(大堺1~3号墳)、字岩下に1基の古墳(天神塚古墳)が現存しており、昭和51年に県指定史跡に指定されています。
現存する古墳は、高さ3m~5.2mほどの円墳で、このうち大堺1号墳は比較的良好な形を留めています。
古墳群の主体部は横穴式石室で、開口している大堺3号墳は、石室全長8mを超える胴張の両袖型石室です。石室は、この地域に産出する緑泥片岩や紅簾片岩等の結晶片岩の板石を利用し、ドーム状に持ち送りながら巧みに小口積みしたもので、高度な石積技術を垣間見ることができます。奥壁・天井石と玄門の門柱は大型の片岩を立石にしてあり、側壁の片岩の隙間には、玉石が詰められています。
岩下の天神塚古墳は、この地方で開口している古墳に通有な「氷雨塚」の名称と伝説が残されています。

 

範囲を広げた周辺図も。

 

残念ながら石室内は入れない。 

 

フラッシュを使って撮った画像を見て、美しさに感動。7世紀初頭の築造。

 

縦位置で。

 

側壁は、上に向かうほど傾きが大きくなる。

 

天井側の様子。

 

3号墳の墳丘から見た1号墳。

 

回り込むと標柱があった。この裏側に大堺1号墳と記されている。

 

墳丘面には葺石のような石がごろごろしていた。開口部は無い。

 

1号墳から見た3号墳。円墳だが形がかなりの変形を受けている。