墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

和泉黄金塚古墳 大阪府和泉市上代町

前回のつづき。そして3月上旬に訪ねた関西古墳シリーズの最終回。

前回の久米田古墳群と同じ阪和線沿いにある、国史跡・和泉黄金塚(こがねづか)古墳を目指した。

グーグルマップで見ると最寄りは北信太(きたしのだ)駅で徒歩24分と出た。

駅にはタクシー乗り場は無かったので徒歩で。境和泉北有料道路高架脇の殺風景な歩道を進んだ。

 

整備工場の脇道を進むと墳丘らしき高まりがあった。最後は畦道を進む感じで。 

 

なんとか墳丘の近くに辿りつくと、フェンスに「発掘調査中により古墳に立ち入らないでください」の看板が。

またしても入れない国史跡で、寂寥感(敗北感?)を味わった。

 

フェンス脇から見た墳丘。手前が前方部、奥が後円部。

金塚古墳は全長94m、古墳時代前期(4世紀後半)の前方後円墳

 

ズームすると後円部上に石碑があった。

 

グーグルアースで見ると鍵穴の形がわかる。6km北東には仁徳天皇陵(大山古墳)があるが、長軸の向きは同じ。百舌鳥古墳群の築造時期は5世紀~6世紀なので、黄金塚古墳の方が早くに出来ている。

 

和泉市の観光サイトを見ると、墳丘の形がもっとはっきりわかる航空写真と、下記の解説があった。

古墳時代前期(4世紀後半頃)に築かれた、全長約94mの市内最古の前方後円墳で、国史跡に指定されています。中国・魏の年号である「景初三年」銘の画文帯四神四獣鏡が出土したことから、邪馬台国女王・卑弥呼との関連性が指摘されています。

https://satomachi-izumi.com/spots/和泉黄金塚古墳

 

こちらの和泉市のサイトにも。 

古墳時代前期(4世紀)に築かれた全長95mの前方後円墳信太山丘陵の先端部に築かれ、淡路島や六甲の山並みが一望できる。

アジア太平洋戦争時に塹壕が掘られ、戦後その塹壕から副葬品が見つかったことがきっかけで、昭和25、26年(1950、51)に発掘調査された。巨大な木棺を粘土で覆った埋葬施設が3基並んで見つかり、中央に女性、左右に男性が葬られていた。
中央の埋葬施設から卑弥呼が魏に使いを送った景初三年の記年を持つ銅鏡が出土し、一躍全国的に注目された。
出土品は一括して重要文化財に指定され、東京国立博物館で保管されている。2008(平成20)年に国史跡に指定された。

周辺には棚田が残され、古墳の姿とあいまって、美しい歴史的景観が形成されている。

http://izbun.jp/introduction/shinoda/izumiougonzuka.html

 

上記解説にあるように3人の被葬者は中央に女性、左右に男性という配置であることが興味深い。

 

後日、上野の東博の考古室を訪ねると実際にその重文の出土品を間近に見ることができた。

 

三角縁神獣鏡のコーナー。

 

その右端手前に、和泉黄金塚古墳出土の「三角縁龍虎鏡」の展示。

 

ズームで。修復部分もあるのかも知れないが、迫力の龍と虎。

 

同コーナーには国内の三角縁神獣鏡出土古墳の分布図もあった。

 

平置きガラスケースでは、景初三年(239)の銘のある「画文帯同向式神獣鏡」

ここからの写真では、説明のカードのサイズが名刺より少し大きい位になる。

 

「画文帯環状乳神獣鏡」もあった。こちらも中国大陸からもたらされた舶載鏡。

 

美しい装身具も。普通に見かけるものより一回り大きかった。

※画像はグーグルフォトを使っているが、フィルタで修正(次の3枚も)

 

管玉や水晶切子玉も大きい!

 

こちらも黄金塚古墳出土の「巴形銅器」

 

貝製の腕飾りの形が源流のようだ。1番は磐田市の松林山古墳出土の貝釧(かいくしろ)

ちなみに右の3番は、平塚市の真土大塚山古墳の出土品。

 

金塚古墳の副葬品は大変貴重な一級の品々だが、戦時中に塹壕が掘られたことで発見され墳丘には塹壕跡が今でも数多く残っているようだ。出土品が無くならなくて本当によかった。

 

ちなみに、黄金塚古墳の2倍の全長で、同じく古墳時代前期に造営された摩湯山古墳はここから南南西に6kmほど。

その間には弥生時代中期の大規模環濠集落・池上曽根遺跡がある。

摩湯山古墳は未調査とのことだったが、遺構は残っているのだろうか・・・

立入禁止になっていた理由がわかったような気がした。

 

 

墳丘の西側、クリーンセンターの脇から。

 

北西の側面から遠望する黄金塚古墳。

周囲は棚田になっていたようだが、寂寥のイメージを引きずってしまい、景観の美しさは感じとれなかった。

 

昨年(2017)秋に付近での火事がニュースになっていた。

https://www.sankei.com/west/news/170907/wst1709070012-n1.html

 

住宅の間の魅力的な細道を抜けて富木駅に到着。

 

上り線の駅舎は踏み切りを渡った反対側にあった。構内ではつながっていない。 

阪和線天王寺御堂筋線に乗り換えて新大阪へ出て、新幹線で帰宅した。

 

3日間の合計歩数は10万4千歩になった。

 

 

このシリーズでのエントリも41回に。

ご高覧ありがとうございました!