墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

将軍塚青蓮殿 京都府京都市山科区厨子奥花鳥町

前回のつづき。

旅の最初の「古墳」は、東山山頂展望台から100mほど北の、天台宗青蓮院門跡 将軍塚青蓮殿。

閉じていた門に向かって歩いていると、ちょうど開くところだった。

 

受付のある開館時間は9時からだったので少し待つ。

こちらは麓にある青蓮院門跡の飛び地境内になる。

 

駐車場のあたりからは山科側の街並みも望めた。

 

500円の拝観料を納めて園内へ。ルートに沿って進むと、最初に青蓮殿。

 

内部が大空間になっている建物で、続きの部屋で国宝・青不動(天地2m超、平安中期11世紀の作:の精巧なレプリカ)を拝観できる。実物は秘仏で、さらに後ろの奥殿に納められているそう。2014年に御開帳があったようだ。

http://www.shorenin.com/gokaicho/

 

お寺のサイトによればこの建物はもとは大正2年の建立で、大正天皇の即位を記念して北野天満宮前に建てられた「大日本武徳会京都支部武徳殿」だったが、戦後に警察の柔道剣道場として使われて平成10年(1999)に解体されたものを青蓮院が継承し、平成26年10月にこの場所に再建されている。

 

その青蓮殿の北側には見晴らしのよい”大舞台”があった。

 

展示されていた建築模型。山頂にオーバーハングするように建っている。

 

時間が早かったので少なめの拝観者。三条京阪からのバスがあるが、第一便が着くのは10時を過ぎる。

 

大舞台の先から振り返った青龍殿と奥殿。大舞台の広さは千㎡超。

 

京都盆地がとてもよく見渡せた。

 

その昔、桓武天皇和気清麻呂に伴われてこの場所を訪れ、平安遷都を決めたという。

 

市街地に広がる緑は京都御苑

 

鴨川をズーム。

 

赤い鳥居の先は平安神宮

 

北側の風景。

 

そしてこちらが将軍塚。

 

周囲に、壁状に石が置かれていた。

 

お寺のサイトによると塚名由来は、桓武天皇が高さ2.5m程の将軍の像を土で作り、鎧甲を着け弓矢・太刀を持たせてここに埋め、都の安泰を祈ったからだそう。

http://www.shogunzuka.com/shogunzuka.html

 

直径は20mほど。お寺のサイトには表記は無いが、雰囲気は古墳。

 

境内には建物屋上にある別の展望台があった。

 

そこから見た将軍塚と青龍殿。


後で調べていたら、OBITOさんのサイト「大和國古墳墓取調室」にて、こちらは元々は直径40mの円墳・将軍塚古墳群の3号墳(古墳時代中期)であることを知った。

他にも庭園内に1号墳(箱式石棺が出土)、大日堂の中に2号墳(竪穴式石室)、さらに大日堂南側の山林内に低い墳丘が固まって残されているとのこと。

 http://obito1.web.fc2.com/kyotofusimi.html

将軍塚の直径は20mほど。墳丘内部に何か遺物・遺構はあるのかどうか、非常に興味深い。

 

パノラマで、墳丘(近く)からの眺め。

 

パノラマで北~東方向。右奥は山科。青蓮殿の後ろ側に蹴上があり、左が粟田口というかつての京都の東入口になる。

 

山科から粟田口へは旧東海道のルート。将軍塚は眺めのいいというだけでなく、交通の要衝を見下ろす場所に立地していた。

 

北方向をズームすると、くろ谷・金戒光明寺の伽藍がわかった。

 

案内ルートに沿って庭園を歩く。

 

桜が沢山植わっていた。

 

梅は満開。

 

あずま屋からの将軍塚。

 

庭園の一部となった墳丘(?)

 

枯山水も見事。

 

生け垣と石畳も。

 

春の花の時期はライトアップもあるそう。

3/30~4/15、4/27~5/6は21時半まで開園。通常は16時半で入館終了。

 

この場所を知ったきっかけは2月22日の朝日新聞の記事。古墳との言及はなかったですが、いい場所を教えていただけました!

https://www.asahi.com/articles/DA3S13372104.html